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第21回 市場移転問題 ー 歴史の地層を掘り起こす考古学者と眠れる巨人

新納 翔(にいろ・しょう)

2017.07.06

 食品市場の移転問題がこうも泥沼化した前例は世界中を探してもこれまでにあったであろうか。まさに未曾有の大問題である。去年の11月、予定されていた豊洲市場への移転延期が決まった時でさえ一部の市場関係者の中では、年をまたいで2月くらいには豊洲へ移転しているだろうと予見していた。しかしもう6月。

 こうなってくると土壌汚染や政治問題とは違う、人間の存在をずっと超えた見えない巨人が築地と豊洲の間に大きな壁を作ってしまったのではないかとさえ思われる。きっと専門家を含む我々が気付いていない何かを守ろうと巨人たちは警鐘を鳴らすべく、天まで届く壁をこしらえたに違いない。

思い返せばあれは10年ほど前であったろうか、偶然にもカメラを持って後に豊洲市場となる場所を彷徨っていたことがあった。辺りは真新しい道路と電線だけが延々とのび、走る車も本当に僅か。開発工事が進んでいるのかさえ不確かで、もしかしたらこの異界に渡ってきた間に文明が朽ち果ててしまったのではないかと思わせる程の異様な景色だったのを今でも鮮明に覚えている。何もない人工の景色とはどこか悲しいものだ。広大な土地には元気のない薄汚れた緑色のペンペン草と所々鮮明なオレンジのフェンスがあるだけで、無いという以上に何もない。

 そんな道をずっと歩いていると謎の人工物が見えてきた。よく見ると「市場前駅」と書かれているが使われている様子はない。その唐突に現れた文字を当時理解することはできなかった。こんな何もないところに市場、はてさて一体どういうことなのだろう。

 地下へと続く階段の奥は真っ暗で、異界の心臓部につながっているような闇。もしかしたら築地と豊洲の間に大きな壁をこさえた巨人たちの棲家だったのかもしれない。何もない土地の地下深くで愚かな人間たちの所業を見ていたのだろう。

東京という都市はたった10年という月日の間で目まぐるしく変化する。変化するというより、古い景色の上に新しい景色で覆い隠してしまうといったほうが本質かもしれない。都市が新陳代謝をしているように見えるが、実のそれは見せかけなのだ。だから東京という大都市は、一皮めくるだけで違う時代がすぐに顔を出す。まるでがけ崩れで表出した地層のように歴史が何層にも重なっているのだ。東京が特徴的なのは、その層一つ一つが非常に薄いことと、それを掘り起こす考古学者が極めて少ないことだろう。

戦後日本の復興、高度成長期はそうした考古学者たちの微かな声を殺して成功したと言っても過言ではない。しかし物質的に豊かになった現在、歴史の闇に葬られた考古学者たちに変わって一人の写真家が少しだけ歴史を剥がし、貴重なお宝を探そうとしている。それこそが現代社会を形成する核となったものなのだろうと信じて。

私が夏に向けて製作している写真集「Peeling City」は、こうして日々埋もれていく景色を文字通り「めくって、見る」という覗き魔的行為の累積なのである。私は写真というシャベルでもって考古学者の如く、慎重に慎重に埋もれてしまった歴史の中から学術調査を施しているのである。そのうち気付かず地表をめくって眠れる巨人たちを起こしてしまったらなんて詫びようか、今一番頭を悩ませている。

 

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新納 翔(にいろ・しょう)
新納 翔(にいろ・しょう) プロフィール

1982年横浜生まれ。 麻布学園卒、早稲田大学理工学部にて宇宙物理学専攻するも奈良原一高氏の作品に衝撃を受け、5年次中退、そのまま写真の道を志す。2009年より中藤毅彦氏が代表をつとめる新宿四ツ谷の自主ギャラリー「ニエプス」でメンバーとして2年間活動。以後、川崎市市民ミュージアムで講師を務めるなどしながら、消えゆく都市をテーマに東京を拠点として撮影を続け現在に至る。新潮社にて写真都市論の連載「東京デストロイ・マッピング」を持つなど、執筆活動も精力的に行なっている。写真集『PEELING CITY』を2017年ふげん社より刊行。