Columns

私の国 第6章

Beatrix Fife “Bix”

2020.04.21

眠りに落ちる直前に私が描いたその紙を改めて見直してみると、自分が描いたものとはまったく違うように見える。それでも、同じものなのだ。違って見えるのは、私のせいなのだろうか?

テーブルから絵を床に降ろして、何が変わったのだろうかと考える。私の目だろうか? 私の内側に何か一瞬の間が生じて、それがゆっくりと、ごく小さな内なる興奮へと変わっていく。それがまた奇妙なことに、私の気分をいくらか良くしてくれるのだ。

 

かがんで、そのスケッチを拾い上げる。誇りとでも言うような甘い感覚が湧き始める。これを描いたのは私なのだ、と。

鉛筆で描いた水平線はとても細く、それが画面を二つに分けている。私の心のなかに映った水平線の上の空間に、淡い水色が広がり始める。たぶんそこにはいくらか雲も浮かんでいるのだろう。そして水平線の下の別の色調のなかにはたぶん波もあって、そしてその線の上のずっと遠くには、おそらくは陸地が……。

 

水平線の上にも下にもどちらにも小さな線が何本もあるが、その線は真っ直ぐではなく、カーブを描いた短いものだ。その画面はまた、語られる言葉と言葉の間の沈黙を、そして路面電車が通ったあとの雪道の静寂を思い起こさせる。鉛筆のわずかな痕跡を見ていると、ピアノで私が弾くメロディの一節がいくつも聞こえてくるようだ。

自分の手をながめる。突如として、私は何か新しいものごとを、以前とは違うものを想像することができるようになる。私の目は、ついにこの手を感情と結びつけられるのだろうか?

 

絵をテーブルの上に置き直す。

そのデッサンは、また変わってしまったように見える。変わったのは、私自身の知覚だということは明らかだ。

私の身体の内側で、何かが動いているような感じがする。ちっぽけな、小さな動き。

これが何なのかを、もっと知らなければならない。

 

《井戸》アクリル・紙 14×18cm

Beatrix Fife “Bix”
Beatrix Fife “Bix” プロフィール

ストックホルム生まれ。幼年期をローマで過ごす。幼い時から3ヶ国語を話しピアノを習う。7歳の時、フランスのパリに移ってからフルートを始める。
オスロの大学へ進学後に絵画、演劇を始め、その後ニューヨークのオフブロードウェイでの演出アシスタント を経てブダペストの美術アカデミーでさらに絵画を学ぶ。90年オーストリアの絵画コンクールで入賞したのをきっかけに渡日。 京都にて書家田中心外主宰の「書インターナショナル」に参加。展覧会や音楽活動、ダンスや映像との複合パフォーマンスを行うなどして9年間を過ごす。 95年から99年まで、Marki、Michael Lazarinと共にパフォーマンスグループ「フィロクセラ」として活動。 97年、劇団「態変」音楽を担当、数公演を共にする。
99年、ベルギーに移る。ダンスパフォーマンスや絵画展覧会の他、ブリュッセルの音楽アカデミーでジャズピアノ、フルートを学ぶ。 2005年 ベルギーのエレクトロポップグループNEVEN に参加。2007年以降は Peter Clasen と共にBixmedard(ビックスメダール)として活動。 一方では、フランシュコンテ大学言語学修士を修了し、ブリュッセルにBLA語学スクールを開校、運営。 2010年夏より、再び活動の拠点を日本に移し Bix&Marki でフランス語のオリジナル曲を演奏。 絵画展も随時開催。 語学講師も行う。


■訳者プロフィール
中山ゆかり (なかやま・ゆかり)
翻訳家。慶應義塾大学法学部卒業。英国イースト・アングリア大学にて、美術・建築史学科大学院ディプロマを取得。訳書に、フィリップ・フック『印象派はこうして世界を征服した』、フローラ・フレイザー『ナポレオンの妹』、レニー・ソールズベリー/アリー・スジョ『偽りの来歴 20世紀最大の絵画詐欺事件』、サンディ・ネアン『美術品はなぜ盗まれるのか ターナーを取り戻した学芸員の静かな闘い』(以上、白水社)、デヴィッド・ハジュー『有害コミック撲滅! アメリカを変えた50年代「悪書」狩り』(共訳、岩波書店)、ルース・バトラー『ロダン 天才のかたち』(共訳、白水社)、フィリップ・フック『サザビーズで朝食を 競売人が明かす美とお金の物語』(フィルムアート社)など。