Columns

私の国 第8章

Beatrix Fife “Bix”

2020.06.26

今、世界は突如として変わりつつある。

この文章を書いている間にも、ウイルスはいくつもの国境を越えて広がっている。多くの国や地域が封鎖され、地上に生きる私たち人類の行く手には、数々の環境問題や社会問題、そして巨大な課題と苦悩が待っている。

 

どうしたら、このことを考えずにいられようか。今、書いているこの連載が、かつての自分が絵を描くことを通して内なる自己の探求を始めたことをテーマにしているとしても。

当時の私は17歳の半ばで、育った国から自分の母国とされる国へと転居したところだった。そのために、子ども時代から築き上げてきた数々のもの、慣れ親しんだ言語や自然や気候、考え方や人間関係を手放すことになった。気づいてみると、それまで心の内側に築いてきたいくつもの「道しるべ」をなくしてしまっていた。

 

今日、多くの人々が仕事や愛する者を失い、健康を害し、また安定した生活を奪われている。この新しい世界で、自らの道しるべをなくしてしまう人もいるだろう。私たちの誰もが、新たな挑戦を突きつけられ、新たな地平を見ている。海は大荒れだ。だが、どこかに水平線はある。絵のなかの水平線のように、人が見たいと思う限りは、それは常に必ずあるのだ。

絵を描き続けよう。ほかの画家たちの絵を見ながら、新しい手法を学びながら、旅をしながら、そしてまた自らの心の内を旅しながら、ずっと続けていこう。描いた絵の多くを捨て、手放しながら、あとで必要になる絵だけを残しておこう。

 

こうして残った絵が私の道しるべだ。そのときどき、自らがおかれた場所で、私という自己を映した小さな鏡なのだ。

アクリル・カンヴァスボード 41×31cm

Beatrix Fife “Bix”
Beatrix Fife “Bix” プロフィール

ストックホルム生まれ。幼年期をローマで過ごす。幼い時から3ヶ国語を話しピアノを習う。7歳の時、フランスのパリに移ってからフルートを始める。
オスロの大学へ進学後に絵画、演劇を始め、その後ニューヨークのオフブロードウェイでの演出アシスタント を経てブダペストの美術アカデミーでさらに絵画を学ぶ。90年オーストリアの絵画コンクールで入賞したのをきっかけに渡日。 京都にて書家田中心外主宰の「書インターナショナル」に参加。展覧会や音楽活動、ダンスや映像との複合パフォーマンスを行うなどして9年間を過ごす。 95年から99年まで、Marki、Michael Lazarinと共にパフォーマンスグループ「フィロクセラ」として活動。 97年、劇団「態変」音楽を担当、数公演を共にする。
99年、ベルギーに移る。ダンスパフォーマンスや絵画展覧会の他、ブリュッセルの音楽アカデミーでジャズピアノ、フルートを学ぶ。 2005年 ベルギーのエレクトロポップグループNEVEN に参加。2007年以降は Peter Clasen と共にBixmedard(ビックスメダール)として活動。 一方では、フランシュコンテ大学言語学修士を修了し、ブリュッセルにBLA語学スクールを開校、運営。 2010年夏より、再び活動の拠点を日本に移し Bix&Marki でフランス語のオリジナル曲を演奏。 絵画展も随時開催。 語学講師も行う。


■訳者プロフィール
中山ゆかり (なかやま・ゆかり)
翻訳家。慶應義塾大学法学部卒業。英国イースト・アングリア大学にて、美術・建築史学科大学院ディプロマを取得。訳書に、フィリップ・フック『印象派はこうして世界を征服した』、フローラ・フレイザー『ナポレオンの妹』、レニー・ソールズベリー/アリー・スジョ『偽りの来歴 20世紀最大の絵画詐欺事件』、サンディ・ネアン『美術品はなぜ盗まれるのか ターナーを取り戻した学芸員の静かな闘い』(以上、白水社)、デヴィッド・ハジュー『有害コミック撲滅! アメリカを変えた50年代「悪書」狩り』(共訳、岩波書店)、ルース・バトラー『ロダン 天才のかたち』(共訳、白水社)、フィリップ・フック『サザビーズで朝食を 競売人が明かす美とお金の物語』(フィルムアート社)など。