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『大坊珈琲店』という祈りの空間

Fumi Sekine

2014.12.12

本日は、当店Twitter(@fugensha )で12月から毎営業日に更新しております、「#クリスマスに贈りたい一冊 」の番外編をお送りします。

本日12月12日(土)、一人のお客さまがご来店しました。

その人は、大坊勝次さん。

大坊さんは、南青山で38年間、「大坊珈琲店」という喫茶店を営まれていました。

大坊さんの淹れるコーヒーや、大坊さんのたたずまい、茶室のようなストイックで静謐な店内空間は、長いあいだ、多くの人を惹きつけてやみませんでした。

大坊勝次さん

しかし残念ながら、ビルの取り壊しにより、2013年12月、惜しまれつつ大坊珈琲店は閉店しました。

大坊珈琲店は、多くの文化人にも愛された喫茶店でした。

村上春樹さん、向田邦子さん、小沢征爾さん、糸井重里さん…「大坊」に魅了された人の名前を挙げたらきりがありません。

村上春樹著「夢のサーフシティ」(朝日新聞社)には、このような描写があります。

「あなたがどこに住んでいるのか僕は知りませんが、もし東京にお住まいなら、青山通りの表参道交差点近く(赤坂寄り)にある「大坊」というコーヒー屋さんのコーヒーはとてもおいしいですよ。僕はだいたいいつも「3番」の濃さで飲んでいます。ここは豆もわけてくれます。」

弊社のオーナーは、青春時代、親友とともに大坊珈琲店の決まって同じ席で、毎晩飽きることなく語り明かしていたそうです。

「大坊」に行くと、時が経つのを忘れてしまうのだそう。弊社オーナーも、「大坊」に魅了された者の一人でした。

豆をわけていただきました。

オーナーは、大坊珈琲店の開店10周年のパーティーで、大坊さんがおっしゃった言葉をよく覚えているそうです。

「客も店を選びますが、店も客を選びます」

この言葉に現れる、たしかな自信と、誇り、凛とした態度、それが「大坊」のあの絶妙な空間の核にあったのではないでしょうか。

大坊さんは、閉店に際し、一冊の本を作られました。

その名も『大坊珈琲店』です。

はじめは、お店の常連や、大坊さん知り合いなどへ向けられた「私家版」として刊行されましたが、装丁を変え、2014年夏に、一般向けに「流通版」が出版されました。

『大坊珈琲店』(私家版)

この本は、大坊さんの手記と、大坊珈琲店に所縁ある35名の方の寄稿文集によって構成されています。

コピーライターの糸井重里さんも寄稿されており、そこで糸井さんは「大坊」の空間を、寺や神社のようだった、まさに「大なる坊」であった、と書かれています。

(糸井さんが主宰するほぼ日でも、大坊珈琲店の特集が組まれていました。)

「大なる坊」つまり、大きな宿坊。

静かで、張り詰めていて、祈りの空間のようであったということでしょう。

今日のお話しの中で、大坊さんはこんなことをおっしゃっていました。

「私は、コーヒーひとつで勝負したかった。コーヒーだけで、お客を引っ張りたかった。それには、飲んでハッとするような、「これはなんだ」と思わず問うてしまうようなコーヒーでなければならなかった。人は、衝撃を受けると、集中する。そのとき、人は個人になる。その空気感を作りたかった。」

私は、これを聞いて道場で座禅を組み、自問自答をする僧侶の姿が浮かびました。

あるいは、アトリエでひとり、キャンバスの前で苦悩する芸術家。

ストイックに何かを突き詰めるという行為の、美しさ。

大坊さんは、それをお店のたたずまい全てで表現していたのだと思います。

本の中で、大坊さんが開店前に配ったというカードが紹介されています。

そこには、大坊珈琲店のコンセプト、「大坊」の美学のすべてが詰まっています。

それを読むと、大坊さんは開店当初から変わらず、ひとつの信念を貫いてらっしゃったということがわかります。

その一本気に、多くの人々は惹きつけられたのだと思います。

客も店を選び、店も客を選ぶ。

大坊珈琲店に巡り会えた人は、とても幸運な人だと思います。

当店も、大坊さんの凛とした姿を見習い、誇りをもってお店を形作っていきたいです。ひとつひとつの出会いを大切に。

大坊さん、これからもいろいろなことを教えてください。

よろしくお願いいたします。

余談ですが、本日のご来店の際、大坊さんに当店のコーヒーを恐れ多くも召し上がっていただきました…!

当店では、お客様にお好みのカップを25種類の中から選んでいただいています。大坊さんが選ばれたのは、淡い青色の小花柄のかわいらしいカップでした。

大坊さんは、本や芸術、写真にも造詣が深い方です。

暗黒舞踏家のおっかけをされていたこともあるとか。

大坊さんが選ばれたコーヒーカップ

コーヒーを召し上がったあとは、時間をかけて、店内の本棚をじっくりとご覧になっていました。

特に、メインの棚から少し隔離された場所にある本棚(当店コラムニスト吉田隼人さん選書の棚と、アンダーグラウンドな書籍が主に置いてある書棚)を、真剣にご覧になっていたご様子でした。

大坊さん、この度はご来店、誠にありがとうございました。

気に入っていただけましたら、またぜひお立ち寄りください。

大坊さんがお気づきになったかどうかはわかりませんが、今日は店内で、大坊さんのお好きなポール・デスモンドのボサノバナンバーを流しておりました。じつは私も大好きなんです。

*当店にも、『大坊珈琲店』(流通版)は置いてございます。

ぜひお手にとってご覧ください。もちろんご購入もできます。

オオヤミノル『美味しいコーヒーって何だ?』(マガジンハウス)にも、大坊さんのインタビューが掲載されています。合わせてお楽しみください。

上記の本をお探しの方は、ご来店の際、店員にお申し付けくださいませ。

Fumi Sekine
Fumi Sekine プロフィール

ふげん社・ディレクター