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第2回 私は目撃者、いつの日も世界はハレとケが同時進行している

新納 翔(にいろ・しょう)

2015.09.24

築地市場の正門前方1キロ程の場所にあるビルに、雲の流れがまだらな影を落としている。交通誘導をしながら見えるその物憂げな景色が段々と平面化していく。そのまだら模様が、画像処理のミスによって作られたモニタ上の映像に見える。Photoshopの覆い焼きのミスによって出来たチグハグな現実。
これは現実世界に現れた巨大な嘘なのかもしれない。その偶発的に出来る偽の景色をよそに、信号機は赤と青を規則的に表示している。(9月16日 警備日記より)

先日近所にある碑文谷八幡で,毎年恒例の大きな祭りがあった。出店の数も相当なもので、普段の静かな境内とは打って変わってまるで迷路の様を呈す。曖昧な記憶をたどれば、去年は確かビールと焼き鳥、それにあまり美味しいとはいえない鮎の塩焼きを食べたっけ。それからいくつか出店のありきたりなものを買った気がする。

我が家から碑文谷八幡までは歩いて一分とかからない。お囃子の音が否が応でも聞こえてくるものだから、とりあえずカメラを持って様子を見に行ってみる。数枚撮って、撮ったという事実だけを残して家に戻って画像確認していると、一段と賑やかな声が聞こえてくる、反射的にカメラにSDカードを入れてまたつっかけを履いて撮りに行く。

それを何度も繰り返しているとさすがに嫌気が差してくるし、第一祭りなぞ撮りたいものでもない。これは脳の思考であり、体の反射的な反応は別のなにかを欲していた。

私は記録する写真家として、いや、ここでは写真家といっているが、あまりそういう名称はしっくり来ていない。私の撮りたいと思う気持ちの先にはまず、誰よりもそれを見つけ、己が目で見たいという覗き魔的欲望がある。写真はその証拠にすぎない、いわば副産物だ。ゆえに肩書として「目撃者」と名刺に刻みたいところだが、それを渡されて困惑する相手の顔は想像するに難くないので便宜的に写真家としている。写真家の顔をしたただの覗き魔、そういう方が自分らしい。山谷にしろ築地にしろ私はそこに身を置き撮影してきたが、それは別段ドキュメントというよりも出歯亀根性の現れといったほうが正しいと思う。

 

何度目かの衝動の帰り、ふと先に見えた小道に違和感を感じた。あそこはあんな風景だったかと、かすかに感じる疑心を確かめるために足を運んで見ると、立派な桜の並木通りだった場所がやけにこざっぱりしている。なんと、あれだけ立派な大木が切り倒されているではないか。

この発見は祭りの写真などを全てイレースしてもいいほど、私にとっては素敵なものだった。ここでどこか、失われていく景色を発見した時に喜びを感じてしまうことを考えると、どこか消えることに期待しているのかもしれない。考え中の矛盾じみたものを感じる。記録する写真家が、その風景を残したく思っているとも限らない。

おそらく大抵の人がどうでもいいと思うその素敵な景色を夢中に撮っていると、後ろから声をかけられた。

これは不審者に思われてしまったかと思い振り返ると初老の男性が立っていた。なにか問いただされるのかとおもきや、この景色が美しいと説明すると、よくぞ撮ってくれたというような感じで、取り壊しの経緯などを教えてくれた。「本当はどうせ切ってしまうならなら桜の木で机を作ろうかと思ったけど、工事の邪魔になるのでああして枝だけ貰ったんですよ」。見ると玄関には桜の枝が無造作ながら切り落とされた桜の枝が小粋に飾ってあった。

私は言葉にならぬ自分の気持ちを共感してくれて嬉しかったのか、切り倒された桜の木が積まれた山の前で記念写真を撮り、すぐさま家で簡易的に額装してプレゼントした。そのお礼に信州の珍しいビールを頂いた。これぞ写真行為の醍醐味だと切に感じる。

世界はハレとケが同時進行している。

綺麗な写真も撮りたい、祭りの写真も撮りたい。しかしドン臭い私はのろいので到底後千年あっても東京すら撮りきれないだろう。山谷とて築地とて、キャッチーなだけでこの桜の写真と変わらない。一つだけ壁を上り、もしくはドアをあければなにがあるのか、そうして都市の表皮を剥いでいく。私にできるのはそれだけだ。

そんな事を考えながら今日も築地で交通誘導をしている。連休前の築地正門はトラックで大混乱、向かいの信号も見えずに歩行者も右往左往、まるでカオスだ。
ただ信号機は従順に赤と青を規則的に表示している。

 

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築地0景 展覧会ページ(2015,6)

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新納 翔(にいろ・しょう)
新納 翔(にいろ・しょう) プロフィール

1982年横浜生まれ。 麻布学園卒、早稲田大学理工学部にて宇宙物理学専攻するも奈良原一高氏の作品に衝撃を受け、5年次中退、そのまま写真の道を志す。2009年より中藤毅彦氏が代表をつとめる新宿四ツ谷の自主ギャラリー「ニエプス」でメンバーとして2年間活動。以後、川崎市市民ミュージアムで講師を務めるなどしながら、消えゆく都市をテーマに東京を拠点として撮影を続け現在に至る。新潮社にて写真都市論の連載「東京デストロイ・マッピング」を持つなど、執筆活動も精力的に行なっている。写真集『PEELING CITY』を2017年ふげん社より刊行。