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第14回 雪の秋田から立ち去りがたくて 【秋田県秋田市】

2019.01.30

『秋田奇聞抄』

浅野泰助(石川書店)

『村を守る不思議な神様』

小松和彦・文、宮原葉月・絵(秋田人形道祖神プロジェクト)

 

昨年12月に秋田市に行った。

50歳になると加盟できる「大人の休日倶楽部」。年に何回か発行される期間限定のパスが、1万5000円で東日本の新幹線も特急も乗り放題だと知り、それを使って、東北ツアーの予定を組んだ。

初日は石巻の〈石巻まちの本棚〉でワークショップ、二日目は盛岡の〈フキデチョウ文庫〉でトークイベント、秋田の翌日には仙台で取材を受けることになっている。あいかわらずの詰め込みかただ。

今回の旅で、もっとも楽しみにしていたのは秋田だった。秋田市では2011年から「秋田Book Boat」というグループが、一箱古本市を開催していた。そのゲストとして3年間この地を訪れ、『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター)にもそのことを書いた。しかし、秋田Book Boatは2013年を最後に活動を停止している。だから、私が秋田に来たのは5年ぶりなのだった。

朝、盛岡から新幹線こまち号で秋田へと向かう。この日は早朝から盛岡市の郊外にある神子田の朝市に行ったので、車内では半分眠っていた。雫石のあたりはうっすら雪で覆われていたが、しばらく眠って、大曲で目を覚ますと、新幹線が反対向きに走行している。ここからスイッチバックで方向転換するのだ。ここまで来ると、かなり雪が深くなっている。

秋田駅に着いて、改札口で皓星社のHさんと落ち合う。新刊の編集担当者で、今回のツアーに同行してくれている。奥羽本線に乗り換える。彼女は子どもの頃、秋田に住んでいたという。土崎駅を通り過ぎるとき、「ここは小牧近江の出身地で、土崎図書館には『種蒔く人』の資料があるんですよ」と教えてくれた。

大曲の付近

次の上飯島駅で降りて、大通り沿いに歩く。雪が吹き付けてきて、寒い。数分で〈灯書房〉に着いた。店主は以前から石巻や山形などの一箱古本市に出店されていて、顔見知りだ。2017年に実店舗を開いたことは聞いていて、「そのうち行きますよ」と話していたが、やっと約束を果たせたことになる。読み物から文学まで幅広く、椅子もあって居心地がいい。「土日だけの営業なので、なかなかお客さんに認知されないですね」と店主は云うが、この日も知り合いのおじさんが訪ねてきていた。

灯書房のご主人

バスに乗って、秋田駅へ。土崎の古い街並みを抜けて、市内へと向かう。大町で降りて、〈乃帆書房〉へ。ここはまだ開業して1年経っていない。新刊と古本をジャンルごとに混在させ、リトルプレス系も多い。奥の言語関係の棚は店主の趣味だそうだ。入り口左の棚では月替わりでテーマ展示も。店名は「のほほん」から付け、画数の少ない文字を選んだと、店主が教えてくれた。

その斜め前にあるうどん屋が美味いと聞いたので入ってみたら、かなり大きな造りで夜は飲み屋になるようだ。うどん付きの定食を食べていると、近くのテーブルに座っていた三人組の女性のひとりに声をかけられる。東京で近所に住んでいるかたで、秋田にはコンサートを観にきたという。こんなところで会うとは。

 

いったんHさんと別れ、ホテルに荷物を置いてから、川反通りへ。歓楽街として栄え、かつては「川反芸者」もいた。その通りの入り口に「川反中央ビル」がある。以前は印刷工場だったこのビルの1階に、ギャラリー〈ココラボラトリー〉が入ったことをきっかけに、各フロアに個人営業の小さな店が入った。秋田の若者にとっての文化発信基地であり、一箱古本市の会場にもなった。入り口の看板を見ると、「帰ってきた」という気持ちになる。

川反中央ビル

3階にあがると、Tシャツショップと工房の〈6jumbopins〉、以前は本屋だったがいまは服と雑貨のセレクトショップ〈まど枠〉があり、それぞれの店主と挨拶を交わす。

そして、今日の舞台は同じフロアにある〈studio〉。以前来たときは、ここは空きスペースだったはず。hanautaというユニットをやっているミュージシャンのご夫婦が貸しスタジオやイベントスペースとして運営しているのだという。今日はここで、私が各地で開催している「ちいさな出版物の設計図をつくるワークショップ」を行なうのだ。

studio

待つうちに10人ほどが集まる。関係者を入れると、立錐の余地がないほどだ。古いビルのせいか、暖房がきいていても底冷えがする。昨日から風邪を引いたようで、鼻水をかみながらのスタートとなった。

参加者の自己紹介タイムで、「イラストレーターの宮原葉月です」と名乗ったのに、どこかで聞いた名前だぞと思う。それもそのはず、2日前に仙台の本屋〈ボタン〉で買った『村を守る不思議な神様 あきた人形道祖神めぐり』(秋田人形道祖神プロジェクト)という冊子の共著者だったのだ。

この本は秋田県内に残る「人形道祖神」について、絵と文章でレポートしたもの。人形道祖神は「東日本を中心に局地的に分布する神様で、疫病などの災いが入ってこないようにと村境や神社などに祀られ」る。秋田県内には100体以上あり、「屋外に祀られている人形道祖神としては、全国一の個体数だと思われます」とある。

本書の文章を書いたのは、小松和彦さん。このテーマでこの名前だと、私も学生の頃から読んできた民俗学者の小松和彦だと勘違いするが、同姓同名の別人。こちらの小松さんは、秋田市在住で〈小松クラフトスペース〉というギャラリーを運営している。あとで知ったのだが、この川反ビルでの一箱古本市の際に、私の箱からマッチラベルの貼込帖を買ってくださったのが、この小松さんだった。

私は大学生で民俗学研究会に属しており、2年生では民俗調査のため、秋田県の仁賀保町(現・にかほ市)に何度か来ている。そのこともあって、この冊子で秋田の民俗への興味を呼び起こされた。

宮原さんはこの冊子の取材で出会った、秋田のおじいさんやおばあさんについてのリトルプレスをつくりたいと話し、ワークショップではそのプランを固めていた。

 

ワークショップが終わってから、会場で飲み会があり、さらに近くにある〈野鳥都店〉で打ち上げ。酒のつまみからラーメンまで何でもある店だった。秋田出身のミュージシャン・青谷明日香さんも加わって、にぎやかな宴会になる。この日、〈studio〉で、青谷さんの『いつか歌になる』と、hanautaの二人が参加する英心&The Meditationaliesの『過疎地の出来事』という2枚のCDを買ったが、どちらも秋田という土地に根差した音楽で愛聴している。

野鳥都店

翌朝、ホテルの窓から外を見ると、雪が激しく降っている。歩くのが大変そうだったので、タクシーに乗り、〈古ほんや 板澤書房〉へ。サイトに朝10時開店とあるが、やってるのだろうか? 開店時間の少し前でまだ閉まっていたが、中にいたおじさんが開けてくれた。本の発送作業をしているところだった。何度か来ているが、あいかわらず郷土史や文学の品揃えが素晴らしい。2冊買って、ご主人と話す。道路拡張で移転するらしいという噂を聞いたが、実現するのはまだかなり先の話で、しばらくはこのまま営業できるそうだ。

板澤書房

すぐ近くにある〈たちそば〉という名の、座って食べるそば屋へ。あとから入ってきた常連らしいおじさんが、店の女性にやたらと話しかけていて、うるさがられていた。そばを食べて、ここでもタクシーを呼んでもらう。

10分ほど走って、住宅街の真ん中にある一軒家へ。運転手が「ここはなんなんですか?」と不思議がるが、〈のら珈琲〉という店なのだ。今日は休みだが、店主の森さんと連絡がついて、特別に開けてもらった。古い一軒家を改装して、コーヒーの焙煎と喫茶店、それとカセットテープ専門のショップをやっている。山形から移住して、2017年12月にこの店を開いたという。

コーヒーとカセットテープとはすごい取り合わせだが、森さんに聞くとちゃんと理由があった。カセットテープだけでリリースするレーベルの主催者なのだ。数は少ないが、古本のセレクトもいい。店の雰囲気もコーヒーの味も最高だった。雪のなかをわざわざやって来てよかったと思う。帰りは森さんに駅まで送っていただく。

のら珈琲

東京に帰ってから、〈板澤書房〉で買った『秋田奇聞抄』(石川書店、1939)を開いた。表紙のかわいい秋田犬の絵は、秋田生まれの版画家・勝平得之(1904~71)が描いたもの。著者は奥付に「浅野泰助」とあるが、何者かは判らない。序文には、二年前に秋田に来て以来、「自分で読み又聞きましたもので比較的に面白かったものを蒐集して一冊に纏め」たとあるとあるように、文献や地元の人からの聞き取りで得た、秋田県の祭りや習俗、言い伝えや民謡・里謡を列記している。

竿灯、鳥追い、生剥(なまはげ)など、いまも続いている行事についてはもちろん、奇祭奇習と云える事例が多く紹介されている。男女二体の巨大な人形を祀る「鹿島様」という項は、『村を守る不思議な神様』で取材されている「末広町のカシマサマ(湯沢市岩崎)」と同じものなのではないか。

 

秋田市の「盛切り(もっきり)」は、酒屋の店先で酒を立ち飲みさせることを云う。北九州などでの「角打ち」と同じだ。

「両関、爛漫、大平山、秋田川、いづれもうまい酒である。酒屋の、店先に立って好みの酒を名指すのだが、東京あたりで酒だけを専門に飲ませるアノ店がまへと違って、目に見えるものすべてが古風で、おちつきがあり、殊に諸道具のたたずまひにうれしいものがあって、盃を伏せてからも猶立去りがたい風情がある」

 

著者は外から秋田に来た自分を「旅人」と呼び、そんな自分を周りの人たちは県民同様に可愛がってくれたと書く。私も同じで、旅人としてその土地にやって来て、地元の人たちにいろいろと教えてもらっている。

だから、わずか数日の滞在であっても、「猶立去りがたい風情」を感じ、またいつか訪れたいと願うのだ。

 

【追記】『秋田奇聞抄』は、2011年にイズミヤ出版から高橋傳一郎編著『復刻改訂版 秋田の奇聞録』として刊行されているが、未入手です。

 

(文・写真 南陀楼綾繁)

南陀楼綾繁
南陀楼綾繁 プロフィール

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。

早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。

出版、古本、ミニコミ、図書館など本に関することならなんでも追いかける。

2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)などがある