水越武の「森の生活」-episode1.世界中の調度品と心地よい生活の道具 Fumi Sekine 水越武の「森の生活」 2022.11.02 この文章は、2018年11月6日~12月1日 にコミュニケーションギャラリーふげん社にて開催された水越 武 写真展「MY SENSE OF WONDER」に際して執筆されました。 このたび開催される、「アイヌモシㇼ オオカミが見た北海道」刊行記念展(2022年11月10日〜27日)に際し、ふげん社ウェブサイトに再録いたします。  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 水越武さんは、27歳からナチュラリスト田淵行男に師事し写真を始めた。 デビュー作の「穂高」を皮切りに、世界的な視野をもって、ヒマラヤなど世界の高峰、日本の原生林、熱帯雨林など、人間を寄せ付けない厳しい自然と対峙しながら撮影した重厚な写真群は、国際的な評価を受けている。 その水越さんが人里離れた場所で自然と一体化した生活を送られていることを知り、その暮らしを是非この目で見たいと思い、2018年10月中旬、川上郡弟子屈町屈斜路へ足を運んだ。 * 屈斜路湖のほとり、カルデラが隆起した小山である「丸山」の麓に水越さんの家がある。この小山には、かつてアイヌ民族のチャシ(とりで)があったそうだ。 到着すると、水越ご夫妻が出迎えてくれた。家の前の土地には、手作りの家庭菜園がある。 レンガ色のスウェーデンハウスに足を踏み入れると、木枠の大きな窓から外光がふんだんに降り注ぐ、あたたかな空間が広がっていた。 家に入ると、いくつもの絵画が目に入ってきた。イタリアで活躍する日本人画家の明るい色彩の抽象画、チェコ人作家の版画、美術大学で版画を学ばれたという娘さんの作品など…美術作品に囲まれた暮らしである。水越さんは幼い頃、絵が好きでよく油絵を描いていたという。 ひときわ目を引くのは、リビングの奥の一番良い場所に大切に飾られている、木枠で額装された大きな曼荼羅だった。 「これは、ネパールに撮影で訪れるのは最後、と思った時に購入したものです」 現存する最高の絵師によって描かれたというこの曼荼羅は、ネパール仏教の幾何学的な世界が豊富な色彩で詳細に描写されており、素人目にも一級品と分かる。 水越さんは、氷河を追いヒマラヤの高峰群を撮影するべく、1975年から20年もの間、何度もネパールを訪れた。その最後の撮影旅でこの絵を手にした時は、喜びとも寂しさともつかない複雑な感情を抱いたにちがいない。 世界中を訪れている水越さんの家には、この曼荼羅の他にも、世界各地から持ち帰ってきた珍しい調度品が集まっていた。シッキムで買った錫のボウル、ブータンの職人が編んだ籠、コンゴの組み立て式の椅子、ブータンのおたま、ボルネオの入れ物…。 「面白い作りで、よくできているなぁと感心したものは手に入れるんです」 その言葉からは、職人の熟達した手仕事への素直な驚きとリスペクトが感じられる。 ロックハンマーなどの登攀具、雪深い場所を歩くための“わかん(かんじき)”や、スノーシューなども見せていただいたが、どれも機能性が高く、デザインも美しい。 水越さんが集める道具は、どれも余計な装飾がそぎ落とされた美しさが光る、生きるために必要なものだ。 「その時私が手に入れられる中でできるだけ良質なものを、必要最低限、求めます。捨てることが嫌いで、一つのものを気に入ったら、それをとことん使い尽くします」 そう話すと、一枚の柔らかな手触りの美しい藍色のシャツを見せてくださった。水越さんがもう40年も前に買ったISSEI MIYAKEのシャツだ。使い続け、ほつれた襟の付け替えをしながら、いまだに綺麗に着続けられている。 身につけるものや道具に対するこだわりは、カメラやフィルムに対しても同じで、ライカR6にコダクロームフィルムを詰めての撮影というスタイルは長年変わらない。どんな道具にも欠点があるが、その欠点を癖ととらえ、上手く使いこなせば120%の力を発揮できると考えている。 撮影:新納 翔 テキスト:関根 史 次の記事 episode2.落ち着いた書斎と自給自足の暮らし ■水越 武 Mizukoshi Takeshi 1938 年愛知県豊橋市生まれ。 東京農業大学林学科中退後、田淵行男に師事し写真を始める。 山と森林をテーマとし、『日本の原生林』『わたしの山の博物誌』 『真昼の星への旅』『最後の辺境』など多数の写真集がある。 土門拳賞、芸術選奨文部科学大臣賞など受賞。 国際的にも高く評価され、作品は国内外の博物館、美術館にも収蔵されている。