水越武の「森の生活」-episode2.落ち着いた書斎と自給自足の暮らし Fumi Sekine 水越武の「森の生活」 2022.11.02 この文章は、2018年11月6日~12月1日 にコミュニケーションギャラリーふげん社にて開催された水越 武 写真展「MY SENSE OF WONDER」に際して執筆されました。 このたび開催される、「アイヌモシㇼ オオカミが見た北海道」刊行記念展(2022年11月10日〜27日)に際し、ふげん社ウェブサイトに再録いたします。  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ * 下記の記事の続きです。 episode1.世界中の調度品と心地よい生活の道具」 * 書斎へ足を踏み入れた。大きな二枚の窓に向かって机が置いてある。窓の向こうには、阿寒摩周国立公園の森林が広がっており、冬場は窓がすべて覆われるほど雪が降り積もるそうだ。 水越さんは実際に山に分け入った者にしか書けない真に迫るエッセーを多数上梓されている。執筆の際は広辞苑と類語辞典を傍に置き、お気に入りの椅子に腰掛け、400字詰め原稿紙に手書きである。用途や場面によって心地よい椅子を使いわけるのが水越流だ。 本棚には、執筆や研究のための資料が並んでいる。師である田淵行男の写真集、オズボーン鳥類図鑑、アンドリュー・ワイエスやオキーフの画集など。その中にあった自然写真家の星野道夫から生前に寄贈されたという写真集を見せていただくと、星野の丁寧なサインが書かれていた。大自然と接してきた者同士の心の交流が垣間見えるようであった。 本棚と反対側の棚には、大量の写真のネガが、年代、場所、被写体などの分類でわかりやすく整理されて収まっていた。 外に出て、家庭菜園を見せていただく。毎年、雪解けとともに夫婦で苗を植えるそうだ。すでに収穫期を過ぎた畑だが、たくさんの野菜が育っていた様子がうかがえる。きゅうり、トマト、にんじん、じゃがいも、アサツキ、シソなど。夫婦では消化しきれないほど収穫するので、離れて暮らす家族に毎年送っているそうだ。 菜園のほかにも、家の周りにはたくさんの草花が植わっている。シャクヤク、ハマナス、ユリ、バラ、ハギ、ボケなど、色とりどりの花が咲き乱れる風景を思い浮かべる。 庭で話していると、鳴き声を上げながら三羽の鳥が並んで飛んでいくのが見えた。 「あれは、丹頂鶴の親子ですね。収穫後の畑に落ちた穀物をついばみに来ているのですよ」 水越さんの自宅の周辺地域では、動植物の生態を間近で観察できる。 大雪山、阿寒摩周、釧路湿原、知床、この4つの国立公園へなんとか日帰りで行ける距離にあることが、ここに居を構える決め手だったという。 80年代、依頼仕事で手一杯になった時期があり、自分が何をやっているのかが分からなくなっていたという。当時は長野県北佐久郡御代田町に住んでいて、東京に近すぎるあまり自分の時間が持てずに困っていたころ、ちょうど新幹線の線路建設による立ち退きの話が出てきた。そこで、北方志向のある水越さんは、東京から距離があり自然が豊かな北海道に住むことに決めた。 そして「あたたかい家にしてほしい」という条件だけで一緒についてきてくれた家族とともに道東に移り住み、30年が経った。 撮影:新納 翔 テキスト:関根 史 次の記事 episode3.道東の豊穣な自然に囲まれて ■水越 武 Mizukoshi Takeshi 1938 年愛知県豊橋市生まれ。 東京農業大学林学科中退後、田淵行男に師事し写真を始める。 山と森林をテーマとし、『日本の原生林』『わたしの山の博物誌』 『真昼の星への旅』『最後の辺境』など多数の写真集がある。 土門拳賞、芸術選奨文部科学大臣賞など受賞。 国際的にも高く評価され、作品は国内外の博物館、美術館にも収蔵されている。