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私の国 第5章

Beatrix Fife “Bix”

2020.03.21

コラージュ、アクリル・紙 14×10 cm

 

横になるとしばしば、以前の暮らしの思い出と今の暮らしの印象との間にある暗黒の裂け目のなかに陥ってしまう。身体がひどく重たく感じられ、何もできない。でもある日、何かが始まる気がする。

この気持ちが、何かを描くことを助けてくれるのではなかろうか? たぶん、友人が描いていたように、私も海を描いてみるべきなのだろう。

鉛筆を手にして、一枚の紙に数本の線を引き始めて気づいたことがある。鉛筆をもつ手は、ときに心の中で聞こえるゆっくりとしたリズムでピアノを弾こうとしてきた手と同じだということだ。

鉛筆に、鉛筆をもつ手に、紙に、そして青い海を描くはずの鉛筆の鉛色に目をやる。その全部が、私の目の前で揺らめき始める。あまりに疲れていて続けることができない。鉛筆を置いて、部屋の青いカーペットに横になる。

空は青い。海とは違う別の青だ。

私の下の青いカーペットもまたもう一つ別の色。

鉛筆は鉛色だ。

私に選べる描線の数に決まりはなくて、そのことが私を混乱させている。

鉛筆を使うべきなのか、それとも青い色鉛筆を使うべきなのか。何もかもが混乱していて、同時に私の内側はどんどん空っぽになっていく。何をすべきなのか、自らにますます執拗に問いかけていくと、もう動くこともできなくなる。

自分自身の空しさの暗闇のなかへとよろめくように進んでいく。まるで私自身の奥底にさらに進む道があるかのように。続けるようにと、内なる声が告げている。

疲れ果てた私は、青いカーペットの上で眠りに落ちる。

 

 

 

2020年4月から『抽象画ワークショップ全5回シリーズ「思いを表現する方法」(講師:Beatrix Fife)』がふげん社で始まります。

全5回の授業で、抽象画の描き方や鑑賞法、思考法をレクチャーします。火曜日17:00〜18:30の時間帯に開講いたします。

詳しくはこちらのページをご覧ください。

Beatrix Fife “Bix”
Beatrix Fife “Bix” プロフィール

ストックホルム生まれ。幼年期をローマで過ごす。幼い時から3ヶ国語を話しピアノを習う。7歳の時、フランスのパリに移ってからフルートを始める。
オスロの大学へ進学後に絵画、演劇を始め、その後ニューヨークのオフブロードウェイでの演出アシスタント を経てブダペストの美術アカデミーでさらに絵画を学ぶ。90年オーストリアの絵画コンクールで入賞したのをきっかけに渡日。 京都にて書家田中心外主宰の「書インターナショナル」に参加。展覧会や音楽活動、ダンスや映像との複合パフォーマンスを行うなどして9年間を過ごす。 95年から99年まで、Marki、Michael Lazarinと共にパフォーマンスグループ「フィロクセラ」として活動。 97年、劇団「態変」音楽を担当、数公演を共にする。
99年、ベルギーに移る。ダンスパフォーマンスや絵画展覧会の他、ブリュッセルの音楽アカデミーでジャズピアノ、フルートを学ぶ。 2005年 ベルギーのエレクトロポップグループNEVEN に参加。2007年以降は Peter Clasen と共にBixmedard(ビックスメダール)として活動。 一方では、フランシュコンテ大学言語学修士を修了し、ブリュッセルにBLA語学スクールを開校、運営。 2010年夏より、再び活動の拠点を日本に移し Bix&Marki でフランス語のオリジナル曲を演奏。 絵画展も随時開催。 語学講師も行う。


■訳者プロフィール
中山ゆかり (なかやま・ゆかり)
翻訳家。慶應義塾大学法学部卒業。英国イースト・アングリア大学にて、美術・建築史学科大学院ディプロマを取得。訳書に、フィリップ・フック『印象派はこうして世界を征服した』、フローラ・フレイザー『ナポレオンの妹』、レニー・ソールズベリー/アリー・スジョ『偽りの来歴 20世紀最大の絵画詐欺事件』、サンディ・ネアン『美術品はなぜ盗まれるのか ターナーを取り戻した学芸員の静かな闘い』(以上、白水社)、デヴィッド・ハジュー『有害コミック撲滅! アメリカを変えた50年代「悪書」狩り』(共訳、岩波書店)、ルース・バトラー『ロダン 天才のかたち』(共訳、白水社)、フィリップ・フック『サザビーズで朝食を 競売人が明かす美とお金の物語』(フィルムアート社)など。