第5回 存在と弛緩 吉田 隼人(よしだ・はやと) 書物への旅〜記憶=私の不確かさをめぐる12の断章〜(第2期) 2016.05.28 生れざらんこそこよなけれ。生れたらんには生れし方へ急ぎかへるこそ願はしけれ。 ――ソフォクレス『コロノスのオイディプス』 鬱屈がまっくろな詰襟の学生服を着て歩いている、とでも言えば、そのころのぼくを思い描いてもらうには十分だろう。ついこのあいだまで男子校だった、旧制中学時代からのバンカラ気質と「リベラリズム」という名の放任主義とが入り交じる田舎の高校。山のふもとに建つその校舎へ、ぼくはパンパンに膨れた通学カバンとあからさまに不機嫌な顔とをぶらさげて通っていた。教科書、ノート、参考書、問題集などなどが詰まったカバンには、しかしその隙間を縫うように、たいてい二冊か三冊の文庫本が無理矢理ねじこんであった。当然のごとく友達はいなかったから、本でも読んでいないと休み時間を持て余す。だがそれ以上に持て余していた時間、それが体育の授業だった。 運動は苦手だし、嫌いだ。二年生の初秋、体力テストの最後に行われる持久走で全校生徒の視線がぼくに集中した。それはそうだ。ほかの二年生男子は全員が走り終えているのに、ぼく独りだけが息を切らしながら、もはや走っているとすら言えない、普通に歩くより遅いぐらいの速度で競技場のトラックを周回していたのだから。こういうとき人はいたたまれない気持ちで応援などするものだが、走るべき距離はまだ半周以上も残されている。このままでは日が暮れてしまう、というのは言葉の綾ではなくて本当に日没が迫っていたので、三年生男子が繰り上げでスタートした。見知った顔の先輩たちが、ときに申し訳なさそうに、ときに笑いをこらえながら、ぼくを追い越していく。……ようやく規定の1500メートルを走り終えるとそのまま倒れ込み、目の前の側溝にしこたま嘔吐した。先生が手首をつかんで「不整脈だ」と言うので病院へ直行することになり、もう誰もタイムなど計測していなかったから、記録用紙には仕方なく「十分以上」と書き込まれた(参考までに付け加えておけば、そのころ中学の陸上部に所属していた妹の1500メートルのタイムが五分強だった)。翌年の体力テストを欠席したのは言うまでもない。 しかし幸いにもこの学校には「リベラリズムの伝統」という名目で放任主義の気風が根付いていたから、授業、掃除、学校行事などをサボるのはさして難しいことではなかった。それは体育も例外ではなく、三年間のほとんどの時間は「選択球技」として生徒たちはいくつかの選択肢から好きな種目を選び、自主性の尊重という美名のもと、準備体操から片付けまで自分たちで授業を運営することになっていた。ときどき見回りに来る教師にさえ気を付けていれば、まずサボりが露見する心配はない。そうして浮かせた時間を英単語の暗記にでも費やしていたら――事実そういう点取り虫もいた――もっといい大学に進めたのかも知れないが、ぼくはもっぱら体操服のポケットに忍ばせた文庫本に読み耽って過ごしていたわけである。 ハイデガー『存在と時間(一)』(岩波文庫) そうして読んだ本のなかに、ハイデガーの『存在と時間』があった。いや、読んだと言っては嘘になる。 当然ながら『存在と時間』は、なんの予備知識もない田舎の高校生が太刀打ちできるほど生易しい本ではないから、ただ字面をひととおり目で追ったというのが正しい。なにゆえにそんな本を選んだのかと言えば、ひとえに虚栄心のためである。一年生のころ「倫理」の授業でいろいろな思想家を教わったなかで、今世紀最大級の哲学者でありながらナチスに加担した暗い過去をもつというハイデガーの名前が、なんとなくカッコいいものとして頭に残っていたのだろう。ついでに可愛い女子がなにかの拍子にこの本に気付いて「そんな難しい哲学書を読めるなんてすごい、カッコいい!」というようなことになりはしないかと淡い期待を抱いてもいたのだが、もちろんそんなことは起こるはずもなく、次第に飽きてきて、読むのも面倒になってきた。 しかし文庫本とはいえ『存在と時間』は高かった。乏しい小遣いの大半をはたいて、学校帰りにデパートの書籍部まで足を延ばしてやっと手に入れた本である。なんとかしてモトをとらねばならない。その点、体育の授業はうってつけだった。あまり多くのものは持ち込めないから、五十分ほどの時間を潰すのに、その本を読むほか選択肢はない。バスケやバドミントンに熱中している同級生たちの邪魔にならぬよう、体育館の片隅、脚立やネットがごちゃごちゃと寄せ集められているところに紛れて、ぼくはページを繰る。 《ギリシア人たちは「事物」をあらわす一つの適切な術語をもっていた。それは、プラグマタという術語であって、言いかえれば、ひとが配慮的に気遣いつつある交渉〔プラクシス〕においてそれと関係をもつ当のものである。(……)われわれは、配慮的な気遣いのうちで出会われる存在者を「道具」と名付ける。交渉において眼前に見いだされるのは、文房具、裁縫具、仕事や乗用や測量のための道具なのである。だから、道具の存在様式が明らかにされなければならないわけである。このことは、道具というものを道具たらしめる当のものを、つまり、道具的性格を、まえもって限界づけることを手引きとしておこなわれる。》 うん、要するに、道具とは何かってことか。「配慮的な気遣い」というのはハイデガー独特の言い回しだけれど、そろそろ慣れてきたぞ。人間にとって、世の中に存在するものはたいてい、何かの目的のためにそこに存在している。字を書くためのペン、消すための消しゴム、それから……。あっ、ボールがこっちに飛んできた。座ったまま投げて返すけれど、ぼくの遠投力ではコート内まで届かない。てんてんと転がっていくボールを拾い上げたその生徒から、中断していた試合が再開される。あのボールも、球技をするための「道具」か。 《厳密に解すれば、「一つの」道具だけが「存在している」ことはけっしてない。道具の存在にはそのつどつねになんらかの道具全体が属しているのであって、そうした道具全体のうちでその道具は、その道具がそれである当の道具でありうるのである。道具は、本質上、「何々するための手段である或るもの」なのである。有用であり、寄与し、利用されることができ、手ごろであるといったような、この「手段性」のさまざまな在り方が、道具全体性というものを構成するのである。》 ハイデガーはハンマーを例に挙げる。ハンマーは何の理由もなしにあの素材、あの形で存在しているわけではなく、釘やなにかを打つという目的のもと「手段」として、木材や金属を組み合わせて作られたものとして初めて存在する。その木材はハンマーを作るための「手段」として伐り出されてきたのだから、森に生えていた頃から「道具的存在者」であり、金属へと製錬し加工されるまえの鉱物もまた、地面に埋もれていた頃から「道具的」に存在していたのだ、ということらしい。あらゆるものは誰かにとっての「道具的存在者」だということを、ハイデガーはいささか詩人めいてこう語る。 《植物学者の植物は畦道に咲く花ではなく、地理学的に確定された河川の「水源」は「地に湧く泉」ではない。》 遠くでワッと歓声があがる。視界からハンマーや植物学者の幻が消える。誰かが活躍したのか、それともお調子者がしくじったのか。ここからではよく見えない。ぼくの周りには誰もいない。壁に立てかけられた脚立、ごちゃごちゃと絡まったネット。……数人がぼくの方に近付いてきた。それでようやく気付く。さっき歓声があがったのは、ボールがあらぬ方向に飛びすぎてネットにひっかかったからで、彼らはそれを取るために脚立を立てようとしているのだ。それまでぼくと共に片隅に追いやられていたネットが、脚立が、ふいに脚光を浴びる。思えばネットも脚立も、何かの「手段」として作られた「道具的存在者」である。ネットはボールが外に飛び出してしまうのを防ぐために、脚立は高いところに上がってしまったボールを取るために、それぞれ「有用であり、寄与し、利用されることができ、手ごろである」のだ。一方、ハイデガーによれば人間の存在様式は「道具的存在」ではなく、「現存在」とか「世界内存在」と呼ばれる。ぼくだけが「道具的存在者」ではなく、それゆえ、ぼくは脚立やネットのように有用でもなければ何の寄与もできない、利用価値のないものとして存在しているのであった。 やがてボールは回収され、間もなく授業も終わった。だが、自分の存在が脚立以下、ネット以下だと知らされてしまったぼくの屈辱感だけは拭い去れずに残っている。いくら『存在と時間』のページを繰っても、ぼくたち「現存在」はいつか死ぬという以外なにも確実なことがわからないとか、それゆえ「世界内存在」は生まれ落ちたときから《不安》であることを運命付けられているとか、よけい落ち込むようなことしか書かれていない。かくしてぼくはますます鬱屈し、自分が「死」と「不安」のほか何ひとつ確かなものをもたない「現存在」であることを確認するため、なかば自傷行為めいた気分で、いよいよ厭世的な顔をしてハイデガーに読み耽るのであった。