水越武の「森の生活」-episode3.道東の豊穣な自然に囲まれて Fumi Sekine 水越武の「森の生活」 2022.11.12 この文章は、2018年11月6日~12月1日 にコミュニケーションギャラリーふげん社にて開催された水越 武 写真展「MY SENSE OF WONDER」に際して執筆されました。 このたび開催される、「アイヌモシㇼ オオカミが見た北海道」刊行記念展(2022年11月10日〜27日)に際し、ふげん社ウェブサイトに再録いたします。  ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ 下記の記事の続きです。 ■episode1.世界中の調度品と心地よい生活の道具 ■episode2.落ち着いた書斎と自給自足の暮らし * 水越武さんを魅了する道東の大自然の一端に触れたく、いつもの散策コースを案内していただいた。 自宅から湖沿いに車で5分ほどの場所に、「和琴半島」がある。屈斜路カルデラから噴出した溶岩が固まりできた半島だ。周囲2.5kmの自然探勝路を2時間くらいかけ一周するのが水越さんの日課である。この半島の自然に魅せられた皇太子ご夫妻も訪れたという。 水芭蕉とトクサに囲まれた散策路を歩きながら程なくして、森の中にいたキツツキ「アカゲラ」を水越さんが見つけた。そう言われて、林に紛れていた一羽がようやく目に入る。当然だが私たちには足元にも及ばない、卓越した観察眼に驚かされた。 「周囲を観察しながら、動物がたてる小さな音まで聞こえるよう、ゆっくりと歩きます。これは大事なことですね」 そのあともゆっくりと歩を進めながら、植生や動物の生態を訥々とお話ししてくださる。 屈斜路湖の幾何学的な氷面の文様を写したモノクロームの作品は、水越さんが和琴半島を散策している中で生まれた作品だ。屈斜路湖の地底から湧き出る温泉のガスがあの独特の文様を形作るそうで、12月下旬〜1月初旬、氷が張り詰め雪が深まる前の一時期に現れる。 「氷紋2」屈斜路湖(2010)©Takeshi Mizukoshi また、2019年カレンダー「MY SENSE OF WONDER」の1・2月の写真に起用された作品も、屈斜路湖の瞬間的な風景をとらえている。12月の積雪後に、雲がかかっている空から光が綺麗に差し込んだ瞬間だ。実際に撮影した場所へ案内していただいたが、写真とはまったく違う風景が広がっていた。 屈斜路湖は、10年に一度、トドマツの花粉で湖面が黄色で染まることもあるという。 日々刻々と表情を変える自然と一体となって生活する者にしか知り得ることのできない風景だ。 9・10月の頁に使われたイソツツジの一面花畑の写真は、屈斜路湖からほど近い、川湯温泉で撮影された。案内していただくと、かつて安田財閥が硫黄を採掘し富をなしたという硫黄山を背景にして、イソツツジの原野が広がっていた。白い花が咲き乱れる季節に、水越さんと交流のある小説家の梨木香歩さんも訪れ、夢のような景色に感嘆の声を上げたという。硫黄山からもくもくと流れ出る煙が降りてくる場所で生息できるのは、イソツツジとハイマツだけである。厳しい環境の中で生きる美しく健気な野生の営みへの水越さんの驚きと感動が伝わってくる。 イソツツジ咲く原野・川湯©Takeshi Mizukoshi このように、水越さんの家の周りでは、動植物の多様な生態系に間近に触れ、大自然にたっぷりと身を浸すことができる。自然は、美しく優しい表情を見せるときもあれば容赦なく襲いかかる悪魔の表情を見せることもある。氷点下30度にもなるという極寒の冬に、撮影の帰りに吹雪にあい、夏なら車で10分という距離を数時間かけやっとの思いで帰宅したこともあったそうだ。 撮影:新納 翔 テキスト:関根 史 次の記事 episode4.祈りにも似た生き方 ■水越 武 Mizukoshi Takeshi 1938 年愛知県豊橋市生まれ。 東京農業大学林学科中退後、田淵行男に師事し写真を始める。 山と森林をテーマとし、『日本の原生林』『わたしの山の博物誌』 『真昼の星への旅』『最後の辺境』など多数の写真集がある。 土門拳賞、芸術選奨文部科学大臣賞など受賞。 国際的にも高く評価され、作品は国内外の博物館、美術館にも収蔵されている。