Columns

私の国
第1章

Beatrix Fife “Bix”

2019.10.15

「そこがあなたの国よ」

17歳のときのことだ。私には今現在、住んでいる国があり、そしてもうひとつ別の国があって、そちらのほうが「私の国」なのだという。

「これからそこで暮らすのよ。そうすれば、その国のこともよくわかるようになるわ。そこがあなたの国なのだから。あなたのお祖父さんとお祖母さんも、そして私もその国の出身なの。だから、当然、あなたもそうよ。あなたの国、そこがあなたのルーツなのよ」

「うん、もちろんそうね」と、私は答える。

 

その国では一度も暮らしたことはなかったし、よく知らなかったから、少なくとも新しい発見があるに違いないし、そこに住む人たちのことを知ることもできるだろう。

友人たちに、すぐに引っ越すことになると話すと、みんな悲しがった。でも、誰もがもうすでに知っていたことなのだ。それまでに何度もその話をしてきたのだから。学期を終えたらすぐに、みんなで一緒にその国の西海岸を探索することになった。私と一緒に旅行したいと思ってくれたのだ。嬉しかったし、私の人生が何か面白い、新しいものになっていくような気がした。

 

私はその国の言葉を話すことができる。生まれてからずっと、家の中ではその言葉で話してきたからだ。それにまた、父方の祖父母の国の言語も、親戚たちが使う言語も、学校や友人たちと一緒のときに使う言語も、どれも話すことができた。そしてその言語が、周囲の人々と私を結びつけてくれる。私はそうした言語を愛していて、そしてそのどれをもしっかりとつかまえて離すまいとしていた。まるで狭い吊り橋を歩いて渡るときに、手すりを強く握りしめるように。

それまでも何度も引っ越しをしてきたから、言葉がどれほど重要なものかがよくわかっていたのだ。

 

期末試験が終わり、友人たちと一緒に「私の国」のいろいろなところを旅する。素晴らしい時間だ。

そして、みんなが帰ってしまうと、私はひとりぼっちになる。

「それでも大丈夫」と、私は思う。

 

今住んでいる国に来るずっと以前に描いた絵。油彩、クレヨン・紙 27×20 cm

 

来月に続く

Beatrix Fife “Bix”
Beatrix Fife “Bix” プロフィール

ストックホルム生まれ。幼年期をローマで過ごす。幼い時から3ヶ国語を話しピアノを習う。7歳の時、フランスのパリに移ってからフルートを始める。
オスロの大学へ進学後に絵画、演劇を始め、その後ニューヨークのオフブロードウェイでの演出アシスタント を経てブダペストの美術アカデミーでさらに絵画を学ぶ。90年オーストリアの絵画コンクールで入賞したのをきっかけに渡日。 京都にて書家田中心外主宰の「書インターナショナル」に参加。展覧会や音楽活動、ダンスや映像との複合パフォーマンスを行うなどして9年間を過ごす。 95年から99年まで、Marki、Michael Lazarinと共にパフォーマンスグループ「フィロクセラ」として活動。 97年、劇団「態変」音楽を担当、数公演を共にする。
99年、ベルギーに移る。ダンスパフォーマンスや絵画展覧会の他、ブリュッセルの音楽アカデミーでジャズピアノ、フルートを学ぶ。 2005年 ベルギーのエレクトロポップグループNEVEN に参加。2007年以降は Peter Clasen と共にBixmedard(ビックスメダール)として活動。 一方では、フランシュコンテ大学言語学修士を修了し、ブリュッセルにBLA語学スクールを開校、運営。 2010年夏より、再び活動の拠点を日本に移し Bix&Marki でフランス語のオリジナル曲を演奏。 絵画展も随時開催。 語学講師も行う。


■訳者プロフィール
中山ゆかり (なかやま・ゆかり)
翻訳家。慶應義塾大学法学部卒業。英国イースト・アングリア大学にて、美術・建築史学科大学院ディプロマを取得。訳書に、フィリップ・フック『印象派はこうして世界を征服した』、フローラ・フレイザー『ナポレオンの妹』、レニー・ソールズベリー/アリー・スジョ『偽りの来歴 20世紀最大の絵画詐欺事件』、サンディ・ネアン『美術品はなぜ盗まれるのか ターナーを取り戻した学芸員の静かな闘い』(以上、白水社)、デヴィッド・ハジュー『有害コミック撲滅! アメリカを変えた50年代「悪書」狩り』(共訳、岩波書店)、ルース・バトラー『ロダン 天才のかたち』(共訳、白水社)、フィリップ・フック『サザビーズで朝食を 競売人が明かす美とお金の物語』(フィルムアート社)など。