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第3回 自転車と本で町の歴史をひとめぐり 【長野県上田市】

2019.02.01

『海野町・原町ビックリ歴史散歩』

上田小県近現代史研究会ブックレット 2011年

 

7月に長野県の上田市に行った。

前日に、小諸の高原にある〈読書の森〉で一箱古本市があり、そこに泊めてもらったのだ。小諸駅からしなの鉄道に乗り、20分ほどで上田駅に着いた。

上田に来たのは、はじめて。真田幸村の本拠であり、アニメ映画『サマーウォーズ』の舞台となった町だ。どちらにも、それなりの興味はあるのだが、私の場合、名所旧跡よりも本屋や図書館をめぐるのがまず先なのである。

駅を出たところにある観光案内所で、レンタサイクルを借りる。さて、どこに行こうかな。まだ午前中なので、古本屋はまだ営業していない。そういうときは図書館がいい。

旧上田市立図書館

駅の北東にある上田市立図書館に向かう。歩くと、駅から20分ぐらいはかかるだろう。レンタサイクルでよかった。

ここの図書館は1970年に建ったもので、昔ながらの図書館建築という感じだ。2階の奥にある郷土資料室の閲覧席に陣取り、棚を眺める。おお、充実しているじゃないか。古代から近世、近現代まで多種多様な資料がそろっている。

棚を眺めているだけで、作家の新田潤が上田出身だったり、山本鼎が上田で自由画教育をはじめていたり、『大菩薩峠』『宮本武蔵』の挿画で知られる石井鶴三の記念館が上田にあったりと、この町の文化史のアウトラインが判ってくる。

びっくりしたのは、この図書館に川柳作家で庶民文化研究家の飯島花月が蒐めた「花月文庫」を所蔵されていたことだ。この目録は以前調べたことがあった。和本以外にも明治・大正の雑誌や風俗史に関する書籍が多く、花月と交流のあった宮武外骨の本も多い。

並みいる郷土資料のなかで目を引いたのが、「上田小県近現代史研究会ブックレット」というシリーズだ。「小県」は「ちいさがた」と読み、上田周辺の旧郡を指すようだ。1995年からブックレットを刊行しているが、『夢と暮らしを乗せて走る別所線』『蚕都上田ものがたり』など面白そうなテーマが多い。

『海野町・原町ビックリ歴史散歩』もその一冊。地図で見ると、原町は駅前通りのなかほどにあり、〈池波正太郎真田太平記館〉のある辺り。海野町はその南の交差点の東側のようだ。パラパラめくってみると、海野町の〈富士アイス〉が出ている。さっき、自転車で横を通った店だ。1935年(昭和10)創業で、夏はアイス、冬は「じまん焼き」(あんこの入った菓子らしい)が人気だという。このように本書は、二つの町の歴史と、明治以降続いている商店の歴史を紹介した本なのだ。

平林堂書店

図書館を出て、原町のほうへ走る。この通りに面した古本屋〈斎藤書店〉が目的だ。入り口に「七月末日をもって閉店します」とある。最後のタイミングで間に合ったわけだ。この店の正面に、新刊書店の〈平林堂書店〉がある。これも『海野町・原町~』で紹介されていた。

1949年開業で、最初は〈あかつき書店〉という名前だった。「最初はアメを売ったり先輩から寄付・委託してもらった本を陳列したり」したが、次第に店が大きくなっていく。現在の店舗は、昔の商家風建築でかなり立派だ。奥の郷土本コーナーには、上田小県近現代史研究会ブックレットが何種か並んでいる。しかし、『海野町・原町~』は見つからない。ないとなると、よけい欲しくなるなあ。

上田デパート

今度は海野町へ。昨日、小諸で会った人から「〈上田デパート〉が面白いですよ」と教えてもらっていた。その名の通り、いろんな店が入っていたビルだが、いまはどの店もなくなって、〈メロディーグリーン〉という店だけが営業している。中古レコードと古着となぜか世界のタバコ(紙巻だけじゃなくて刻みタバコもある)を売っている。なんだかアヤシイ。でも、レコードは相当マニアックで、日本のミュージシャンの棚を眺めるだけでも欲しいのが見つかる。

そしてこの店も、『海野町・原町~』に記述があるのだ。

戦時中、海野町では空襲の被害を防ぐため、建物の強制疎開が行なわれた。その結果、広い空き地が出現し、そこが戦後に〈海野町マーケット〉となった。東京の闇市と同じような生まれ方をしている。のちにそこが〈上田デパート〉となり、小さな店が一、二階あわせて二十数店舗ひしめいていたという。現在の建物は1961年に建てられたもの。

さらに遡ると、この土地は質屋を営む小川家のもので、ここで生まれた小川栄一はのちに「国土総合開発株式会社の社長など歴任」し、「獅子文六の小説『箱根山』には、小川栄一がやり手経営者として登場」するそうだ。ちくま文庫からの獅子文六復活ブームで、『箱根山』も再刊されたばかりだ。これは読んでみないと。

その後、北へ東へと自転車で走り回り、最後に、明治記念館を見に行った。図書館で見つけた平野勝重『信州上田 街角の大正ロマン』(私家版)によると、大正期に建てられた同館は、上田町民によって設置された初めての図書館だったという。のちに上田市立図書館になり、図書館の移転にともない、石井鶴三美術館になった。さらにその閉館後は蚕都上田館として使用されているという。役割は変わっても、建物は残っているのだ。

 

『海野町・原町~』をなんとか手に入れたくて、上田小県近現代史研究会のホームページにあるアドレスにメールを出してみたが、東京に帰ってしばらく経っても返事はなかった。

こういう会は年配の人が多いので、見てない可能性もあるかと電話してみたら、「事務局の担当が変わった」と別の番号を教えてもらう。そっちに電話してみると、あまり連絡する人はいないのか、「どこで知ったんですか?」とやや不審そうだった。図書館で知ったことから経緯を話すと、「こちらには在庫がないけど、会員の誰かが持っているかもしれない」と親切に探してくださり、数日後にやっと手にすることができた。

この本があれば、あの日、自転車で回った町の歴史を知ることができて、そのときの印象も記憶に残る。改めて、本というのはありがたいものだと思う。

ところで、上田でもう一冊探していたのが、先に挙げた『信州上田 街角の大正ロマン』。私家版で著者は相当の高齢らしいので連絡してはいないのだが、いつか手に入れたいものである。

今回もやっぱり、名所旧跡には行けなかった。

 

(文・写真 南陀楼綾繁)

南陀楼綾繁
南陀楼綾繁 プロフィール

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。

早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。

出版、古本、ミニコミ、図書館など本に関することならなんでも追いかける。

2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)などがある