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第6回 堀口大學の望郷 【新潟県長岡市】

2019.02.01

『美と文学の探索者 堀口大學展』

新潟県立近代美術館 2017年

 

昨年9月に新潟県長岡市に行った。この数年、新潟に通ううちに縁ができて、新潟日報で仕事をすることになった。その取材のためだ。

長岡市立中央図書館

テーマは「神田神保町と長岡人」。長岡から東京に出て出版社・博文館を興した大橋佐平が、神保町の書店・取次の東京堂の後援者となり、その東京堂に勤めた長岡出身の酒井宇吉が神保町で古書店・一誠堂書店を創業し、その一誠堂に勤めた長岡出身の反町茂雄が古書業界の大立者になる……という流れをたどってみた。長岡では、反町茂雄が寄贈した郷土資料コレクション「反町茂雄文庫」を所蔵する長岡市立中央図書館をはじめ、例によってレンタサイクルで町を回った。帰京してからは、児童文学者の斎藤惇夫が長岡の町を舞台に描いたファンタジー小説『哲夫の春休み』(岩波少年文庫)を読み、そこに挿入された長岡の町の地図を眺めた。

 

その1カ月ほどあとに、高知市で開催された一箱古本市に出店していたら、寄ってきたおじさんが「長岡の図書館を知っているか?」と尋ねてきたので、驚いた。もちろん私が最近行ったことを知らずに、話しかけたのである。その人は「私が集めた堀口大學の資料があそこに入っているんだ」と云う。たしかに、同館には「堀口大學コレクション」が所蔵されている。この千頭将宏(ちかみまさひろ)さんが集めた資料を、1997年に購入したのだ。高知で長岡の図書館に関係のある人に出会うとは、本があるからこその縁だろう。

〈コモンリビング〉でのトーク

そして昨年末、もういちど長岡に行った。今度はトークイベントに出るためだ。駅前に〈コモンリビング〉というシェアスペースがあり、そこで、〈ブックスはせがわ〉の長谷川敏明さんを相手に話をすることになっている。

この日、新幹線で長岡駅に着いたのは15時すぎだった。会場入りまでどうするか、ノープランだったが、市内の新潟県立近代美術館で「堀口大學展」をやっていると知り、行ってみることにした。

新潟県立近代美術館

駅前からバスに乗って、20分ほど。信濃川を越えて、だだっ広い草原のような場所の先に美術館はあった。この辺りは近年開発された地域のようで、妙にでっかい建物ばかりが並んでいる。美術館も巨大な宇宙船のような建築で、正直、あまり好きではない。バスを降りると雨が激しく降ってきた。傘を持ってなかったので、あわてて館内に駆け込む。閉館まであと1時間もない。

あまりテンションの上がらない状態で見た堀口大學展だが、非常によかった。私は昔から詩というものに興味が薄く、堀口大學が訳した詩も、自身の詩も読んだことがない。そのため、かえってまっさらな状態で展示を眺められたのかもしれない。以下は図録を参照しつつ書く。

 

堀口大學は1892年(明治25)、本郷生まれ。東大赤門の前の家で生まれたので、「大學」と名付けられた。2歳で家族とともに、父の故郷である長岡に戻り、そこで中学校卒業まで過ごす。母は3歳のときに亡くなっている。19歳で、外交官だった父の認知であるメキシコに赴く。その後、何度かの帰国を挟んで、33歳までヨーロッパに滞在し、マリー・ローランサンらと交流する。

1925年(大正14)、第一書房より訳詩集『月下の一群』を出版。「友人佐藤春夫に捧げられたこの書物は、フランス詩の翻訳に打ち込んだ十年余りの外遊生活の集大成であり、(略)その圧倒的な名訳は、若い詩人たちに大きな影響を与えた」。

同書を皮切りに、大學の著書・訳書を多く出版したのが、第一書房だ。社主の長谷川巳之吉は新潟県出雲崎町の出身で、すぐれた造本の出版物を刊行した。会場には、革装やフランス装の美しい本が並んでいた。

終戦を疎開先の新潟県関川で迎え、翌年には高田市に転居。その後、神奈川県の葉山町に家を構え、そこで多くの詩集を出し、89歳で亡くなっている。

 

駆け足で見た展示だが、最後の部屋には大学の書斎が一部再現され、そこに置かれた友人からの贈り物があった。室生犀星から贈られた唐三彩の鶏が飾られ、壁には「犀星詩人昇天の日に」と題する詩があった。そのなかの「あの時代、詩を書くことは滅亡への道だった」という一節が心に残る。

 

東京に帰ってから、図書館で堀口大學の詩集を借りて、読んでみた。流麗な言葉で綴られる初期の詩よりも、中年を過ぎて生活の苦難を感じつつ、美への抑えがたい思いを表白する戦後の詩に惹かれた。

長女の堀口すみれ子は『虹の館 父・堀口大學の想い出』(かまくら春秋社)で、亡くなる直前の大學の様子を伝えている。

 

「とろとろと心地よさそうに眠っていたかと思うと、必死になって起き上がろうとしながら、『さあ行こう、汽車に乗りおくれるといけないよ。さびしいなあ。あんなに深い雪の中で一人で暮らせるかしら、さあ出かけよう』、『どこへ行くの?』、『どこへって長岡さ』と幼少の頃、まぶたの母と、育ての祖母と暮らした長岡へ帰りたがりました。『パパはどこにも行かないでいいのよ、ここはパパのお家よ』、『ああ、そうか、そうだったね』と正気に戻るのです」

 

死の間際に、詩人の脳裏にあったのは、どんな風景だったのだろうか?

この原稿を書いている1月半ば、新潟県では大雪が降り、三条市では列車の中に閉じ込められた人たちも出た。いまごろは、長岡の町も雪に覆われているだろう。

大學が88歳で出した詩集『秋黄昏』に、「そして今」という詩がある。

 

そして今、こころに生きる
ふる里の越は北国……。

北国の弥生は四月。そして今
四月になって、梅桜桃李
あとさきのけじめもなしに
時を得て、咲きかおり……。

(略)

そして今、信濃川
雪解水集めて百里
嵩まさり
西ひがし岸べをひたし
滔々と濁水はこぶ
逆巻いて

そして今、こころに生きる
ふる里の越の四月は……。

 

あと3カ月待てば、長岡にこんな季節が戻ってくるのだ。

 

(文・写真 南陀楼綾繁)

南陀楼綾繁
南陀楼綾繁 プロフィール

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。

早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。

出版、古本、ミニコミ、図書館など本に関することならなんでも追いかける。

2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)などがある