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第10回 石巻の過去から未来を探る【宮城県石巻市】

2019.02.01

『石巻古地図散歩』

「石巻アーカイブ」地図研究会 2017

 

先日、大塚に新しくできた映画館〈シネマハウス大塚〉で、石巻についてのドキュメンタリー映画を観た。

長編ドキュメンタリー映画「まだ見ぬまちへ」

 『まだ見ぬまちへ 石巻・小さなコミュニティの物語』(2017)というタイトルで、東日本大震災の津波で、最大の人命が失われた宮城県石巻市の門脇【かどのわき】・南浜地区を舞台としている。

門脇は旧北上川の河口に位置し、津波の被害を正面から受けた。人口4423人のうち、356人が亡くなり、142人が行方不明となった。私は震災の1年後にこの地域を見たが、戦争で爆撃を受けたようだと思った。見渡すかぎり、建物は残っておらず、地面には雑草が生い茂っていた。古い寺や土蔵がぽつんとあるのが、かえって奇異な印象を受けた。

監督の青池憲司氏は、震災発生の翌月から被災地をめぐり、翌年に2本のドキュメンタリー映画を完成させた。その一本、『津波のあとの時間割 石巻・門脇小・1年の記録』では、子どもたちを中心に描いている。門脇小では生徒全員が裏にある日和山に避難できたが、津波にともなって火災が発生。いまでは廃墟のようになっているが、議論の末、震災遺構として保存されることになった。

次はこの地区の大人たちを描きたいと、2014年からロケを開始。2017年3月までに37回に及ぶロケを行なった。西光寺(私が見た寺はここだったろう)の地蔵盆の様子からはじまり、この地に残った住民による町内会の再編、土蔵の修復、祭り、復興公営住宅の建設などが淡々と描かれていく。最初は退屈ではないかと危惧していたが、まったくそんなことはなかった。流されてしまった保育園の跡で、園長が語った間一髪の避難の様子には息をのみ、仮設住宅で時間の止まった生活を送る老人に、生活の根拠を奪われることの残酷さを感じた。最後に、復興公営住宅が完成し、仮設にいた旧住民が戻ってくる場面には涙が出た。

石巻一箱古本市

石巻には私も2012年から年に数回通っている。震災直後に本好きの仲間たちと結成した「一箱本送り隊」で、被災地に本を届ける活動を行なった。

その過程で、2011年秋に塩竃市で一箱古本市を開催、それがきっかけで石巻の再生をめざす団体ISHINOMAKI2.0と知り合った。代表の松村豪太さんの祖母が門脇地区で旅館を営んでいたことはこの映画ではじめて知った。

石巻 まちの本棚

2012年7月に、石巻駅から続く商店街の数か所で、一箱古本市を開催。家族からお年寄りまで多くの人たちが見に来てくれた。そして、1年かけて、〈石巻まちの本棚〉を設立。1000冊以上の本が並び、その場で読むことも、借りて帰ることもできる。展示やトークなどのイベントも行なう。本のあるコミュニケーションスペースだ。

この運営のために石巻に通うようになって、この町の歴史や文化に興味を抱いた。江戸時代から海運で栄え、1912年(大正元)に石巻駅ができてからは人口も増加した。町を歩くと、土蔵や教会などの古い建物が見つかる。とくに1930年(昭和5)に建てられた〈観慶丸商店〉は、いまでも威容を誇る。石巻で最初にカレーを出したのもここだという。

観慶丸商店

歴史のある町だけにこの土地の歴史を研究する人も多く、〈石巻文化センター〉ではユニークな企画展を開催していたそうだが、同館は津波で流され、閉館してしまった。個人が収集している資料も、津波の被害を被った。

「幸い無事であった資料を見ているうちに、この貴重な資料等でしっかりと後世に伝えられるものができないか、そしてふるさとの歴史や、今住んでいる町に興味をもって語り継ぐ人材を育てられないかと考えはじめ」たことから生まれたのが、『石巻古地図散歩』だ。

古くは江戸時代の1697年(元禄10)から、新しくは1958年(昭和33)に鳥瞰図の名匠・吉田初三郎が描いた「港都石巻市鳥瞰図」まで、個人や博物館が所蔵する13枚の石巻の地図を収録している。全体図だけでなく、重要な部分は拡大図も載せている。昔の地図は文字を解読するのが難しいが、1点ごとにその地図が成立した時期の状況や主要な固有名詞の解説があるので、私でも読み解くことができる。

石巻まちの本棚での「本の教室」

たとえば、〈石巻まちの本棚〉はアイトピア通りという商店街の中にあるが、この通りは1933年(昭和8)までの地図では「裏町」となっている。ややこしいことに、その一本隣(内陸側)の通り(現在の寿町通り)も「裏町」(あるいは「裏町裏」)なのだ。この時期は旧北上川沿いの「仲町」が最も栄えており、それに対しての「裏町」という呼び名だったのだろう。しかし、翌年の地図では、「裏町」から「大町」と変わる。その隣は「裏町」のままだ。

また、〈石巻まちの本棚〉のある場所は、以前、〈躭【たん】書房〉という新刊書店だった。1980年代まで石巻の商店街には数店の書店があったが、この店はユニークな品揃えで地元の本好きの記憶に残っている。この店は戦前には別の場所にあった。先の1934年の地図には、大町と交差する「内海橋通」に〈躭書店〉が見える。

さらに、前年の1933年の地図には、〈石巻まちの本棚〉とおそらく同じ場所に〈郷土社〉が見える。別の資料で〈郷土社書店〉という表記を見たことがあるので、書店であることは間違いない。すると、〈郷土社〉の後に〈躭書店〉が入ったことになるのだろうか?

ちなみに、同じ通りの数軒先には〈鈴木書店〉(もしくは〈鈴木屋書店〉)も見える。当時の石巻中心部に「本の文化」があったことをうかがわせる。

本書には、中心街だけでなく、門脇やその対岸にあたる渡波【わたのは】地区の地図も掲載されている。1919年(大正8)の地図を見ると、西光寺も門脇小学校もいまの位置にある。

古地図は歴史の記憶を掘り起こすために有益だが、その土地のいまがどう形づくられたかを知るためにも必須だ。以前から考えていたことだが、〈石巻まちの本棚〉にさまざまな世代の住民が集まって、この地図を見ながら語る会をやってみたい。昔を思い出すことで、この町への愛情を共有し、未来につながるヒントも生まれてくるはずだ。

 

(文・写真 南陀楼綾繁)

南陀楼綾繁
南陀楼綾繁 プロフィール

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。

早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。

出版、古本、ミニコミ、図書館など本に関することならなんでも追いかける。

2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)などがある