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第11回 はじめての町で縁を感じる【兵庫県龍野町】

2019.02.01

『郷土誌 ふるさと龍野』

NPO法人「啓蟄塾」

『酩酊船』

前田陽一、竹内和夫、前之園明良

ほか

 

姫路駅から姫新線に乗り換える。出発して間もなく街なかを抜けると、のどかな田園風景がひろがる。
次の駅は「余部」と表示を見て、「あまるべ」かなと思う。余部鉄橋があったことで知られる山陰線の駅だが、こんなところにある訳はない。「よべ」と読むのだった(余部鉄橋の最寄り駅は「餘部」駅)。

龍野町

20分ほど乗って、本竜野駅で降りる。改札口に、伊丹市で古本屋〈みつづみ書房〉を営む三皷由希子さんが迎えに来てくれる。彼女の車に乗って、龍野町へと向かう。
今回、はじめての地にやって来たのは、千駄木の〈古書ほうろう〉で、1枚のDMを手にしたからだ。

「小沼丹生誕百年祭 井伏鱒二・三浦哲郎と共に生きて」とあり、作家・小沼丹の著作が並ぶ写真が添えられている。会場はたつの市龍野町の〈九濃文庫〉。
最近、小沼丹の全集未収録の作品集3冊(『春風コンビお手柄帳 小沼丹未刊行少年少女小説集 推理篇』『お下げ髪の詩人 同・青春篇』『不思議なシマ氏』)を続けて読み、うち2冊は書評を書いた。それがきっかけで、積ん読になっていた小沼の文庫や全集を引っ張り出して、読みだしていたところなので、興味が湧いた。

 

「今年は小沼丹が亡くなって二十三年目の年となる。小沼丹の教え子、映画監督の前田陽一が亡くなって二十一年目、前田と同窓の三浦哲郎が亡くなって九年目、前田の畏友、竹内和夫は、昨年の六月に亡くなった。
そのような年に行う生誕百年祭である。
皆様のご来訪を願います。
~いずれの青春も 茫々たる人生の只中にある~」

という店主の吉田純一さんの挨拶が載っているが、これだけだと、なぜたつの市で小沼丹なのか、どんな「祭」なのか、さっぱり判らない。
DMには携帯電話の番号だけあり、サイトもメールアドレスも見当たらない。いちおうネット検索しても、ほとんど何も手掛かりがない。以前、版画家の山高登の展示をやったらしいことだけ判った。

電話で問い合わせようと思ったが、やめた。これ以上知らずに行くほうが面白いからだ。それからは、一切ネットで調べたりしなかった。
ちょうどこの時期に、出雲市の実家に帰省する予定がある。そこに貧乏性が作動して、三皷さんに仲介してもらい、姫路の〈Quiet Holiday〉という店で、トークイベントをさせてもらうことにした。昼間は龍野で小沼丹を見て、夜は姫路でトークという流れができた。

赤とんぼのマンホール

本竜野駅のホームに降りると、「赤とんぼ」の像があった。童謡の歌詞が彫られ、末尾に「露風」とある。龍野はこの曲の作詞をした三木露風の故郷だったのだ。道理で、「赤とんぼホール」「赤とんぼ荘」などがあり、路の側溝やマンホールの蓋に赤とんぼが描かれている。

三皷さんに聞いて、龍野には〈ヒガシマル醤油〉の工場があり、醤油資料館もあると知る。また、そうめんの「揖保乃糸」は、これから橋を渡る揖保川流域で生まれたという。
全然知らずにきたけれど、龍野は歴史のある町なのだ。

龍野町に入ると、商家の並ぶ通りに出た。道は細く、横に路地が走っている。地元の人に教えてもらって駐車場に車を止め、歩いてみる。あいにく天気が悪く、ぽつぽつと雨が降ってきた。

ちょっと歩くと、古い日本家屋や洋館が目に入る。立派な寺も多い。そしてなぜか、やたらとお好み焼き屋が多い。
〈おき楽亭〉という店に入ると、店のおばさんが近所の人らしきおばさん二人組と談笑中。奥の座敷にも別のおばさんがいる。「ブタすじ玉こん」のお好み焼きを注文してからも、話は延々と続いて、忘れられたかなと思う頃にやっと出てきた。でっかいサイズでうまい。
「ここはできて5年目。商売というよりは、近所の人たちと遊ぶつもりでやってます」とおばさんは笑った。

ねぶたや書店

次に〈ねぶたや書店〉という古本屋へ。ぼろい建物でやっているかと不安になったが、営業中だった。その並びのたつの市立龍野図書館は、2階の郷土資料室が充実。哲学者の三木清や鹿島建設の社長となった鹿島守之助が、この地の出身だと知る。隣の相生市には小説家の水守亀之助が生まれている。

まだ町を歩いていたいが、そろそろ目的地に行かないと。〈九濃文庫〉を探して歩いていたら、向こうから例のDMを持った中年夫婦がやって来た。「すぐそこですよ」と教えてもらい、着いた建物の入り口は乗用車でふさがれている。左の方にかろうじて「九濃文庫」と墨書された板が見える。

九濃文庫と店主の吉田さん

車と建物のわずかな間をすり抜け、中に入ろうとすると、4、5人が座ってなにやら談笑している。奥で話している男性が、店主の吉田純一さんだった。

「ナンダロウアヤシゲという人が来ることは、かわじさんから聞いてます」とおっしゃる。古書目録に関する著書のあるかわじもとたかさんのことだ。かわじさんは今夜、龍野にいらっしゃるそうだ。

九濃文庫店内

壁面の本棚にはぎっしりと、井伏鱒二、丸谷才一、木山捷平らの全集や単行本が並ぶ。そして、大小のテーブルには単行本や、ページを広げた雑誌が無造作に置かれている。すべて、小沼丹が書いたものか、小沼について誰かが書いたものである。

手に取ってページをめくっていると、吉田さんが解説してくれる。それをその場にいる全員にやるので、同時にいろんな会話が飛び交う。

同席した妙齢の女性が、吉田さんと話しているのを聞くと、中原淳一の雑誌『それいゆ』の編集部にいて、小沼丹の取材をしたことがあるらしい。横浜からこの展示を見るためにいらしたそうだ。
しかも、「早稲田大学のフランス文学科で、三浦哲郎と前田陽一と一緒で、小沼先生の授業も受けていました」とおっしゃるのでびっくり。三浦は小沼丹を師とあおぎ、前田陽一は『にっぽん・ぱらだいす』で映画監督としてデビューし、松竹のプログラム・ピクチャーを支えた。この時点で、ようやく前田陽一が龍野の出身であることを知った。
さらに、やはり早稲田の同窓だった竹岡準之助は、営んでいたあすなろ社で小沼の『更紗の絵』を刊行している。
なるほど、小沼と龍野がこうつながるのか。

吉田さんは建築会社を経営しながら、好きな本をこつこつと集めてきた。10年ほど前にこの〈九濃文庫〉をはじめ、ふだんは週に2回オープンしている。古本屋ではなく、文学好きが集まるいわばサロンだ。

レーモン・クノーからとって九濃文庫

なんでこの店名なのかを尋ねると、「フランスの作家のレーモン・クノーが好きだから」と答える。駄洒落なんだ! てっきり、龍野に「九濃」という地名があるのだと思ってました。

この店の斜め向かいには、吉田さんの書庫があり、そこには目算で2万冊ぐらいの本が詰まっていた。
まだ何時間でもいられそうだが、そろそろ姫路に向かわねば。

『郷土誌 ふるさと龍野』(NPO法人 啓蟄塾)が面白そうだったので、在庫のある3冊を購入する。すでに亡くなっていた前田陽一の「龍野を想う」という連載が転載されている。

吉田さんは「これも持っていきなさい」と奥から『酩酊船』という雑誌をどさっと持ってきた。前田陽一が早大生だった1953年に、龍野高校の同級生だった竹内和夫、前之園明良らと創刊した同人誌。いま手にしているのは、1985年以降の第二次『酩酊船』で、第13集では「追想の前田陽一」という特集を組んでいる。
その上に、『含羞のエンドマーク 前田陽一遺稿集』もいただいてしまった。この版元も竹岡準之助のあすなろ社だ。

姫路に戻ると、雨が強くなってきた。
会場の〈Quiet Holiday〉へと歩いていると、向こうからかわじもとたかさんがやって来る。これから龍野に行くというので、ちょっと立ち話して別れる。
トークイベントは盛況のうちに終わった。

えきそば

翌朝、姫路駅のホームで〈えきそば〉に入る。黄色いそばに和風だしで、へなへなの天ぷらが乗っている。いちど食べると癖になる味。
なんとなしに店内に貼ってあった「えきそばの起こり」を読むと、「終戦後、政府より小麦粉の大量放出があり、これを譲り受けてうどんを試作」したが、腐敗しやすく、長持ちさせるために黄色いそばを考案したとある。

驚いたのは、「うどん鉢は出雲今市にあるものを仕入れ」とあったことだ。出雲今市は現在の出雲市駅周辺の町だ。これから帰る出雲と姫路に縁があったとは。

山陽線で岡山へ向かう。車内で、龍野で手に入れた雑誌や本をめくる。
『含羞のエンドマーク』に「お好み焼き考」という文章があった。書き出しはこうだ。

「子供の頃から、お好み焼きという食べ物が好きである。私の生れた播州は、どこへ行ってもお好み焼き屋が多かった。それらはたいてい路地裏にあり、どこか薄幸そうな女の人が一人でやっているのが常であった」

私たちが龍野でお好み焼き屋に惹きつけられたのは、正しかったのだ。

そして、『酩酊船』第5集(1989)には植垣節也「龍野(立野)という地名」なる一文を見つける。

それによれば、『播磨国風土記』に「昔、土師である弩美(のみ)の宿弥(すくね)が、出雲の国から行き来していて、日下部の野で死んだ。そのとき、出雲の国の人々がやってきて、連なり立った大勢の人が。川の小石を手から手へ運び伝え、高地へ上げて墓の山を作った。だから、立野と名づけた。その墓屋を名づけて出雲の墓屋と言っている」とあるという。

龍野もまた出雲と縁があったのだ。

実家に帰り、翌日の夜に『男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け』(1976)を観る。龍野の町がロケ地になっているのだ。家々が連なる様子や、路地の角にある建物を見て、数日前の記憶に重ね合わせる。太地喜和子の芸者や宇野重吉の日本画家が名演技で、寅さん映画としても傑作ではないか。

前知識をもたず、はじめて訪れた町で、さまざまな縁を感じた。

龍野には、かならずまた行くことになるだろう。

 

(文・写真 南陀楼綾繁)

南陀楼綾繁
南陀楼綾繁 プロフィール

1967年、島根県出雲市生まれ。ライター・編集者。

早稲田大学第一文学部卒業。明治大学大学院修士課程修了。

出版、古本、ミニコミ、図書館など本に関することならなんでも追いかける。

2005年から谷中・根津・千駄木で活動している「不忍ブックストリート」の代表。各地で開催される多くのブックイベントにも関わる。「一箱本送り隊」呼びかけ人として、石巻市で本のコミュニティ・スペース「石巻まちの本棚」の運営にも携わる。本と町と人をつなぐ雑誌『ヒトハコ』(書肆ヒトハコ)編集発行人。著書に『一箱古本市の歩きかた』(光文社新書)、『ほんほん本の旅あるき』(産業編集センター)、『町を歩いて本のなかへ』(原書房)などがある