Columns

第5回
トークショー飯沢耕太郎x町口覚x佐藤信太郎 レポート【前編】

Fumi Sekine

2019.07.17

佐藤信太郎写真展「Geography」会期中の2019年7月6日(土)に、トークイベントを開催しました。写真集のテキストを執筆していただいた飯沢耕太郎さん(写真評論家)と、造本設計をしていただいた町口覚さん(ブックデザイナー・パブリッシャー)をゲストにお招きしました。

作品「Geography」がどのような背景で生まれたのか、写真集がどのようにして出来上がったのか・・・盛りだくさんの内容となりました。

 

 

飯沢:佐藤さんは『非常階段東京』や『夜光』など、主に東京をテーマにした非常にきっちりとした風景写真を撮る方で、90年代以降の都市風景写真を担ってきた写真家の一人です。

今回のシリーズは、抽象的で不思議な作品なので、この成り立ちを佐藤さんから説明していただけますか。

 

佐藤:一番初めに写真を撮ったとき、東京綜合写真専門学校というところにいました。当時は心象風景的な写真を撮っていて、合評会で見せると女の子が撮った写真だと勘違いされることもありました。

そういった傾向の作品を撮っていた時、矢野彰人先生から、自分の気持ちを表現するために写真を二次的に使用するのではなく、客観的に「写真」というものを見せなさい、という指摘を受けました。そしてLee Friedlander(リー・フリードランダー)田村彰英さんなどの作品を見せてもらいました。

その矢野先生のアドバイスがきっかけで、私は街を撮るようになりました。当時は逗子の六浦に住んでいたので、その周辺を撮っていました。

 

現代美術の中村一美先生の授業で、フランク・ステラジャスパー・ジョーンズなどの現代アートを紹介されて、展示会で現物を見るチャンスもありました。とても面白かったのを覚えています。その流れで宇佐美圭司という現代美術家を知り、著作『絵画論』(1980、筑摩書房)も読みました。

宇佐美さんは、抽象画をどんどん還元していって、最終的にはキャンバスの上にキャンバスを描くような作品になっていきます。

そんな現代アートの流れに感化されて、街を平面的に撮るという方法に行き着きました。それをさらに推し進めて、平面を平面のまま撮るというところまで行ったのがこのシリーズです。

 

飯沢:佐藤さんが通っていた東京綜合写真専門学校、通称「日吉」は、評論家の重森弘淹が始めた学校で、写真とは何か?という問いや批評的な精神に力を入れていて、ある意味理屈っぽいところがある。

 

70年代後半まで、写真におけるミニマリズムが流行していました。

この「Geogprahy」シリーズは、その「写真で写真論をやる」という流れに影響されたということですね。

 

佐藤:そうですね。宇佐美さんは、遠近法に変わる枠組みを作ろうとして、その後人型を絵画に取り入れていきました。

「Geography」についても、遠近法を無くして、平面性を押し出すことで、距離感やイメージの揺らぎを見せたいと思いました。

また、今回の展示は、まわりの余白を切ることで、物質そのものを見せるような形にしました。

ふげん社での展示風景

飯沢:・・・なんか疎外されているようになっているけど大丈夫?(笑)

 

町口:写真家は暗いな〜と思って聞いていた(笑)

実は、これって1980年代にグラフィックデザインの世界で、戸田ツトムがメディアインフォメーションという雑誌の中で、同じようなことをやっているんだよね。東京の建造物の壁をとったシリーズ「庭園都市」。

当時は戸田ツトムや松田行正などの流れがあって、それが自分のグラフィックデザインのルーツでもある。今回の写真集「Geography」は先人たちに対するオマージュの造本設計でもあるんだよ。

 

自分としては、そんなことより、撮影地が東京湾の埋め立て地で、今はもう無い場所であるということが重要。

あー信太郎、このあいだ月いってきたんだー、という感じ。そうやって嘘もつけてしまうことが面白いんだよね。

1992年撮影 Geography 1 『Geography』より(ふげん社、2019)

飯沢:70年代後半から80年代の時代には、グラフィック・写真・絵画の世界でそれぞれ還元主義のような流れがありました。要素が削られていって、やせ細っていく貧しい感じで、当時の自分はその流れに批判的でした。ただ、イメージが氾濫している今、このミニマリズム的な世界を見直したほうがいいんじゃないか、と常々思っていたんです。

 

ただ、どこを撮ってもいい、というわけではないですよね。場所の選定はどのようにしたのですか?

 

佐藤:当時流行っていたLewis Baltz(ルイス・ボルツ:ニュー・トポグラフィーを代表する写真家)に影響されて、何もない、からっぽの風景を求めて歩いたところ、この東京湾岸の埋め立て地に出会いました。

だだっ広い空き地だったのですが、水たまりがエメラルドグリーンだったり、渡り鳥が卵産んでいたり、なんとなく普通じゃない感じが漂っていたのです。

 

飯沢:今回「風景の零度」というキーワードを思いついて、写真集に収録したテキスト「東京の足元」に書きました。まとわりついたものを一度全部解き放して、ゼロからスタートするという意味です。

埋め立て地という、人工的に作られた、かりそめ、テンポラリーな場所に、(東京をテーマにしている)佐藤さんの原点があるというのが面白いですね。

東京を覆い尽くしているものは人工物ですから、東京を考える上で、「Geography」はとても良いイメージだと思います。

画像のもつ説得力、不思議な力が、この6枚の写真にはありますね。

 

佐藤:実はこれを撮ったあとに、2、3年写真が撮れなくなってしまいました。還元的な表現をして、行き着くところまで行ってしまった感がありました。

その後、共同通信社に入社して、会社が求めている形にあてはめて写真を撮り、自分を捨てる作業をしていたら、「夜光」の制作に入ることができました。

 

飯沢:原点の作品と、「夜光」以降のイメージの落差が気になりますね。

それについてもっと聞きたいです。

歌舞伎町/『夜光』より(青幻舎、2014年)

佐藤:東京と大阪の繁華街を撮ったシリーズ『夜光』は、平面的に情報を埋め尽くし密度を高めていくというスタイルで撮影しました。平面性という点では「Geography」と通じています。

繁華街は、怖いけど、視覚的にも雰囲気にも強烈に惹かれる場所でした。そして、意外と台風の目は静かなのか、撮影していてもほとんど何も言われることはありませんでした。

しかし、ある日池袋にあるのぞき部屋を30分くらいしつこく撮影していたら、店長に「何やってんだー!」と怒鳴られて、一目散に逃げました。それが本シリーズの最後の撮影となりました。しかもその写真は使えなかった・・・。

 

飯沢:佐藤さんの写真は、ポジショニングに独特なものがありますよね。

『非常階段東京』も面白いけど、いつもどのように場所を決められるのですか?

新宿区歌舞伎町 2006/『非常階段東京 THE ORIGIN OF TOKYO』より(青幻舎、2019)

佐藤:「非常階段東京」は、大阪に住んでいた時、アーケード街を歩いていて、ふと非常階段を上ってみたら、アーケードを上から見下ろす光景に出会いました。目線を変えた時にこんなに風景が変わるのかということに驚きました。その経験以後、非常階段を見ると上ってみるという生活が始まりました。

 

飯沢:大阪からスタートしたんですね。

さて、写真集の話に移りたいのですが、マッチと佐藤さんは、もともとどういう出会いなの?

 

 

・・・後編につづく

 

写真集制作レポート

“The origin of SATO Shintaro photographs”

第1回 すべてはここから始まった

第2回 天から降りてきた造本設計

第3回 現場がひとつになる【印刷篇】

第4回 時代にフィットする本づくり【製本篇】

 

《書誌情報》

 

佐藤信太郎『Geography』

500部限定
エディション・サイン入り

執筆:飯沢耕太郎
造本設計:町口覚

判型:370×263(B4変形)
頁数:66頁
製本:ハードカバー
発行年:2019.06
出版社:ふげん社
言語:日本語、英語
エディション:500

価格:¥10,800(税込)

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Fumi Sekine
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ふげん社店主