第6回トークショー飯沢耕太郎x町口覚x佐藤信太郎 レポート【後編】 Fumi Sekine The origin of SATO Shintaro photographs—写真集『Geography』ができるまでディレクターの手記 2019.08.19 佐藤信太郎写真展「Geography」(2019年6月25日~7月13日)会期中の7月6日(土)に、写真集のテキストを執筆していただいた飯沢耕太郎さん(写真評論家)と、造本設計をしていただいた町口覚さん(ブックデザイナー・パブリッシャー)をゲストにお招きして開催しました。 作品「Geography」がどのような背景で生まれたのか、写真集がどのようにして出来上がったのか・・・盛りだくさんの内容となりました。 本記事は、トークイベントのレポート後編です。 後編は、写真集『Geography』の制作秘話から、今後の東京写真の展望にまで話が及びました。 前編をまだお読みで無い方は、こちらからどうぞ。佐藤信太郎さんの作品の変遷や作品の制作背景について詳しいです。 写真集『Geography』制作秘話 飯沢:マッチと佐藤さんは、もともとはどういう出会いなの? 佐藤:赤々舎の姫野さんが、『非常階段東京 TOKYO TWILIGHT ZONE』(青幻舎、2008年)の写真集のデザイナーとして、マッチとつなげてくれました。 町口:信太郎のことは、もちろん知っていたよ。 以前、写真家の北野謙さんからも、90年代に街の雑踏の中に三脚を据えて長時間露光で撮影したオリジンの作品をどうしても写真集にしたいと頼まれて、造本設計し、2008年に北野さんが所属しているギャラリーのMEMから発行しました。彼も、オリジンの作品をなんとか写真集にまとめないと、報われないという思いがあったのかもしれないね。 佐藤信太郎は、北野さんと同じ世代の都市まわりの写真家という認識だった。 そんな時、姫野さんが紹介してくれて『非常階段東京TOKYO TWILIGHT ZONE』につながったんだよね。 非常階段東京 TOKYO TWILIGHT ZONE(青幻舎、2008年) 飯沢:そうだったのですか。 では、いよいよ今回の写真集の話に入りたいと思います。 まず僕はGeographyのシリーズは「The origin of Tokyo」(PGI)で展示されていた時に初めて見て、その感想をartscapeレビューに書きました。 この写真を気になるという方は、他にも多かったのでしょうか? 佐藤:わりと評判がよかったということもありますが、やはり飯沢さんの文章を読んで、余計にこのシリーズに対して自分の意識が集中してきました。もともとふげん社での展示は決まっていたのですが、このシリーズをやろうという話になりました。そして展示会に合わせて冊子を作ろうという話になり、デザインをお願いしにマッチの事務所に行ったら、「これは君のオリジンなんだからちゃんとしないとダメだろ」と言われました。 飯沢:こんな形になるとは、予想以上というか、予想もしてなかったよ。 写真を拡大して見開きで配置するアイディアはその頃からあったの? 佐藤:はい。それは最初にマッチのところに持って行ったダミーブックの段階からあったアイディアです。 写真集『Geography』では、一つの写真の一部をクローズアップした写真を見開きに配置している。 町口:今年の3月に青幻舎から出版された『非常階段東京THE ORIGIN OF TOKYO』は、2008年の前作『非常階段東京 TOKYO TWILIGHT ZONE』から11年ぶりに造本設計したんですよ。この写真集は出版社から与えられた条件の中で、プロフェッショナルとして最高のパフォーマンスをしようと思って取り組みました。 写真集が完成し、PGIで開催された写真展のオープニングに行ったら、この作品(Geography)が会場の隅に展示されていた。他の作家の作品も一緒に展示しちゃうんだと思って、よく見たら信太郎の作品だった(笑)。 その作品が信太郎のオリジンだと聞いて、作品に何が映っているかは二の次で、オリジンだからこそ大切にしなくてはいけないと思った。これから信太郎が活動を続ければ続けるほど、作家にとってのオリジンの作品というのは必ず追っかけてくるものだから。 非常階段東京THE ORIGIN OF TOKYO(青幻舎、2019) 飯沢:これは本当にそう。デビューは気をつけないといけない。 町口:俺なんかデビューしないほうがいいと思ってるぐらいだよ(笑)。写真家って本当に大変ですよ。大御所と言われている方々も、デビュー作品の呪縛に苛まれている。 飯沢:でも正確に言えば、これはデビューよりさらに前だよね。言ってみればエチュードのようなもの。デビューは『夜光』なんだろうけど、掘っていくと面白い人もいるんだなあ。 町口:展覧会まで時間もないし、信太郎とふげん社は数ページの小冊子を作ることを考えていたと思う。だけど俺は「完成度の高い本作りをしたほうが良い」ってその場で言っちゃった。写真展まで残り2ヶ月しか無いのに、自分で自分の首を絞めた。でも、「やっぱりそうだよね!」ってみんなが同意してくれたので、進めることができた。でも改めて写真を見たら、作品が6点しかなくて、困った(笑)。でも、どうしたら本になるかと考え続けていたら・・・この造本設計のアイデアが天から降りてきたんだよ。 今回の作品が埋め立て地の地面を撮影したと知り、さらにタイトルが「Geography」であると聞いた時に、これは地球の中のマグマ(写真集のキーカラーになっている真紅)を表出するしかないと思った。 飯沢:マッチは見えないものが見えるから。 町口:(袋とじの中を開いて)中が赤いんだよ。気が付いた? 飯沢:かなり天才だと思う。なかなか思いつかないよ。 町口:この写真集、高いんだよね。税別10,000円。でも、自信を持ってそれだけの価値はある写真集だと思っています。 ふげん社の運営会社は渡辺美術印刷という印刷会社で、今回の写真集作りではスタッフの方々とすごく戯れました。インクの調肉を何度もしてもらったり。 (写真集のページを繰りながら)この指ざわりがいいよね〜。 飯沢:写真集って普通、目でみるでしょ?でもマッチは指で見てる。 いい写真集は、いい指触りなんですよ、みなさん。 佐藤さんはどういう感想を持ちましたか? 佐藤:僕もちょっとは出来上がりを想像してみるんですけど、この完成図は全く想像できませんでした。マッチはいい意味で予想を裏切ってくれました。マッチは先に宣言するところがすごい。僕は言わないけど、マッチは先に「絶対に良いものができる」と言ってしまうんです。 特に表紙の赤い箔は、ずっと見入ってしまう不思議な魅力がありますね。 町口:この表紙には6点の作品のディテールを印刷した。『非常階段東京 THE ORIGIN OF TOKYO』のカバーデザインとのつながりも考えているんだ。 (デザインについて詳しくはこちらの記事をご覧ください) 飯沢:えっ、全然気づかなかった!そりゃすごい。 町口:この表紙は特色で印刷しているのだけど、その色を出すために俺は、印刷所で朝から落語しましたよ(笑)。佐藤信太郎という写真家がいて、これまでにどのような作品を制作してきて、今回の作品はその信太郎が写真学校時代に撮っていて・・・というストーリーを伝え、そしてどうしてこの写真集がこのデザインになったのか、だから表紙の色のイメージはこうなんだとかを印刷所のスタッフに伝えた。印刷所のスタッフは、毎日チラシから本までありとあらゆるものを同時に刷っているから、今から何を印刷するのかということをしっかりと伝える必要がある。そういう話をすれば、スタッフのほうから「ではこのインクに赤を少し混ぜてみますか?」というような建設的な提案をしてくれる。渡辺美術印刷のスタッフはしっかりとそれをやってくれた。何度かのトライアンドエラーを経て、そろそろ欲しい色に近づいてきた時に、あと少し!ここだ!という瞬間に現場に一体感が生まれるんだよね。だからこれから渡辺美術印刷は変わると思うよ。そのためにも、皆さんはこの写真集を買わないといけない! (会場笑) 写真展『Geography』について 飯沢:次に、展示について佐藤さんに考えを聞きたいと思います。 今回は、かなり大胆な形ですね。 佐藤:日吉の卒業制作で発表した時は、今回のように大きいサイズに印刷して、横位置で上下に並べました。 自分の中でその時の印象が強かったので、その時と同じように大きくしたいと思いました。大きさは1250×1000mmです。 飯沢:デジタルになったことで、作品や展示への意識に変化はありましたか? 佐藤:銀塩プリントだと、見せたいものを完全な形で見せられないということがどうしても出てきてしまいます。自分は、細部まですべてを見せたいと思ってしまうので。 銀塩とデジタルを比較すると、銀塩だと滑らかに調子が出ますが、デジタルだと一つ一つ粒が立ってきます。全体的にデジタル処理のほうが好きですね。 町口: 印刷物として考えた時には、画像を処理する際にシャープネスは強くかければいいというわけじゃない。信太郎の場合、シャープネスをかけすぎることはなく、自分のシャープネスの基準があるところが良いと思う。 佐藤: 作品をじーっと見ていると、シャープが強すぎると逆に見なくなっちゃうので、じーっと見ながら、ベストなところまで持っていきます。 細部までリアルに写すことで、逆にアンリアルなイメージになっていくところが、写真の面白いところだと思う。 「東京写真」の展望について 町口:飯沢さんに質問です。信太郎は2000年に「夜光」でデビューして、2008年「非常階段東京 TOKYO TWILIGHT ZONE」で日本写真協会新人賞。そのあとに「東京|天空樹 Risen in the East」で林忠彦賞を受賞し、同じ世界観で10年以上作品制作を続けてきた。 これだけのキャリアを積んでから、オリジンの作品を発表したっていう前例はあるの? ちなみに、森山大道さんは1968年に「にっぽん劇場写真帖」でデビューして、俺が昨年その写真集の完全版を編集・造本設計したけど、デビュー前の作品をまとめることはしていないと思う。オリジンの作品を今回のようなタイミングで発表するって意外にないことですよね? 飯沢:タイミングとしてはバッチリだよね。 佐藤さんのようにキャリアの積み上げがあった後に、「Geography」を出すことに大きい意味がある。 町口:さらに、2019年3月に『非常階段東京THE ORIGIN OF TOKYO』を発表して、6月に『Geography』を発表している。この奥付にある3ヶ月のインターバルが、半世紀経ったら効いてくるんじゃないかな。 飯沢:佐藤さんのこれからの作品がどうなっていくかが気になりますね。 佐藤:新作「非常階段東京」で、皇居の存在に気づきました。皇居のあった場所はかつて海で半島のように突き出していた部分です。それで、都市の境界線について意識するようになりました。 これからの作品については、まだ試行錯誤中ですが、「Geography」寄りの写真になっていくのでは、と思っています。 坂、峠、路地、痕跡などを見えない境界線を視覚化しようと思っています。 千代田区千代田 2016 ©SATO Shintaro 『非常階段東京 The Origin of Tokyo』より 飯沢:それを高梨豊は『地名論』でやろうとしていたんだよね。 中沢新一『アースダイバー』を読んだ人は、東京をそういうふうにしか見れなくなる、強さがある。大森克己くんや「PEELING CITY」の新納翔くんもそう。でも単なる『アースダイバー』のイラストレーションになってしまうのはよくない。いざ見えないものを視覚化する=写真にした時に、どう写真にするかが問題ですね。 東京はとても面白い街で、歴史的、写真史的な積み上げがある。 私が監修した国際交流基金主催「TOKYO Begfore/after」展が現在世界中を巡回しています。信太郎さんにも参加してもらっています。 それを企画してつくづく思ったのは、東京を写真で表現するって難しいということ。いろいろな人たちが東京についていろいろなことを考えているんだけど、いつの間にか東京のほうが先に行ってしまって、無力化してしまう。 町口:東京は、逃げ足速い! 飯沢:東京の歩みと一緒に、言葉の人たちと、写真家が共同作業をして、これだ!というものができれば素晴らしい東京写真ができるんじゃないかなと思っています。 自分にとって、東京写真を語ることはライフワークの一つです。 ただ、僕の弱みは、高校まで仙台にいて、本当の東京人ではないこと。それが弱みであり強みでもあります。 小学校くらいまでの記憶ってとても大事だと思うんですよね。 佐藤さんは、小学校のころ何していたの? 佐藤:僕は小一の夏に、東京から千葉に引っ越しました。 あとは、関係ないと思いますけど、団地の12階に住んでました。 町口:関係あるだろ!! (会場笑) 全員が「だからああいう写真を撮っているんだ!」と思ったよ今! 飯沢:写真の表現メディアとしてのあり方は、愚直な言い方になるけれども、「この時この街を記録する」ということだと思う。 町口:絶対残るものを作りたいんだよね! 佐藤:自分は、まだどう進んでいくかわかりませんが、自分の住んでいるところ(千葉)を見直してみようかなと思っています。 飯沢:佐藤さんはあまり心配してない。写真家としての、ものを作るスタイルがかなり前から決まっている感じがする。これからもいい仕事を生み出していかれるのではないかと思っています。 【完】 トーク後の記念撮影 写真集制作レポート “The origin of SATO Shintaro photographs” 第1回 すべてはここから始まった 第2回 天から降りてきた造本設計 第3回 現場がひとつになる【印刷篇】 第4回 時代にフィットする本づくり【製本篇】 第5回 トークショー飯沢耕太郎x町口覚x佐藤信太郎 レポート【前編】 《書誌情報》 佐藤信太郎『Geography』 500部限定 エディション・サイン入り 執筆:飯沢耕太郎 造本設計:町口覚 判型:370×263(B4変形) 頁数:66頁 製本:ハードカバー 発行年:2019.06 出版社:ふげん社 言語:日本語、英語 エディション:500 価格:¥10,800(税込) ふげん社ストアで購入 shashashaで購入